恋は爆裂パンクラッシュ!〈第1ラウンド〉

恋は爆裂パンクラッシュ!

 

〈メール受信〉

 送 信 者:JIN
 タイトル:初めまして

 押忍! オレの名前は龍王寺ジン。22歳の男だ。パンクラッシュという国に住んでるぜ。日本に住んでるキミ、オレとメールをしないか!? 返事を待ってるぜ!


〈第1ラウンド 秘密の王子様〉

 どこか遠くで、携帯の着メロが鳴っている。
 お店のバックヤード、ロッカールームの方角からだ。

 その音色は、すぐにランチタイムの厨房とホールの喧騒に掻き消されてしまう。

 だけど、知ってる。

 あのメロディ。
 私の携帯。
 『彼』からのメール。

 そんな私の密かな楽しみは、一日一度だけ訪れる。
 だって、それが『その携帯サイト』のお約束なんだから。


 私の名前は、桐原菜々花。
 新鋭ラーメンチェーン店『まつかぜ』安中店にて、ラーメン職人を目指して修行中の十八歳。

 今年――二〇〇二年の三月に高校を卒業して、四月から社会人デビューしたばかりのフレッシュマンなんだ。

 あ、でも、ちょっと語弊があるのかな。「ばかり」とはいっても、すでに季節は冬、師走。お坊さんも神主さんも会社員もラーメン屋も全速力で持ち場を駆け回る、慌しい年末だ。

 入社してから九ヶ月。ホール(業界用語で『表』)の仕事、つまりウェイトレスとしての仕事には大方(?)慣れたけど、厨房(同じく『中』)の仕事はまだまだ半人前。ううん、ヒヨコにもならない、生まれたばっかりのタマゴって感じかな。

 だけど、もともとドジでおっちょこちょいでボーっとしてる私には、これだけ動けるようになったのだって奇跡みたいなものなんだよ。
 入りたての頃なんて、「声が小さすぎる」って、お店の真ん前の国道の向こう岸から、「いらっしゃいませー!」「ありがとうございましたー!」って一日中叫ばされてたこともあったくらいなんだから。

 でもね、声だけじゃなく、毎日大盛りラーメンや瓶ビールのケース(二十本入り)や業務用の生ビール樽なんかを運んでるうちに…見て、この腕! 力を入れると、かすかにポコッと力こぶが!
 これなら、相手がチカン程度だったら、ラリアットとかカウンタータックルくらいは食らわせられそう。十八歳のうら若き乙女が、何が悲しくてこんな筋肉蓄えなきゃならないんだろう…って話は、この際ちょっとおいといて。

 まぁ、だけど、どんな職業だって、プロになるための厳しさは並大抵のものじゃない。
 修行一筋、いつだって全力前進だっ! 困難なんて、ミドルキックで地の果てまで吹っ飛ばしてやれ! 押忍!

 …あはは。
 そんな性格の人間になれるんだったら、悩みや問題なんて、きっとひとつも生まれてはこないんだろうけどね。

 そんなスゴイ人が、本当にいるんだったら…ね。


「っと。菜々ちゃん、そろそろ上がろっか」

 バックヤードから夏美さんの声が聞こえる。並んでいた伝票のオーダーが全部上がって、私はギョーザ焼きの鉄板にこびりついた油を熱湯とブラシで落としてるところだった。

「上がりですか。あ、もうこんな時間なんですね」

 顔を上げると、時計の針はいつの間にか十八時四十分を指している。うちのお店は十八時に遅番(夜勤)メンバーが仕事に入るシステムだから、週末とか特別な残業とかのない平日は、早番は十八時半には引きあげるんだ。ちなみに早・遅シフトは二週間ごとに入れ替わるんだけどね。

 裏に入って遅番との引継ぎをしている夏美さんこと山崎夏美さんは、私の上司で、お店のチーフ。歳は五つ上の二十三歳だけど、『まつかぜ』ではバイト時代を含めて今年で勤続八年になる大ベテラン。外見は派手めな姉ギャルっぽい感じだけど、仕事に対しては誰よりも熱心で、私にとっては憧れのお姉さん的存在なんだ。

 本来厨房の仕事は、主に、ラーメンを作る人とギョーザを焼く人の二人組でこなされるもの。新米の私は、華麗な手さばきで麺を上げる夏美さんの隣にくっついて、最近やっと補助的なギョーザ焼きの仕事をまかせてもらえるようになったんだ。

「お先に失礼しまーす」

 遅番の店長と轟(とどろき)さんとバイトのみんなに挨拶を済ませると、私は手を洗ってホカホカのおしぼりを握りしめながら、すでにロッカールームに入っている夏美さんを追いかけた。

 

 夏美さんの姿が奥の更衣室に消えていったのを見届けて、私は自分のロッカーを開けてバッグを引っ張り出す。

 ――その瞬間。
 自分の心が、一気にそわそわした気分に変わったのがわかっちゃう。

 チャックを開ける時間も惜しいように真っ先に中から探り出したのは、他でもない、パールピンクの携帯電話。

 フラップを開けると。
 …思ったとおり、メール受信のマークが出てる。

 『彼』からの、『彼』からのメール、今日もしっかり届いてるよっ。
 さあ、開封、開封っと…。

 送 信 者:JIN
 タイトル:よーし!

 押――っ忍!! なぜだか知らんが、今日は気合いが入りまくってるぜ! キミも頑張れ! 応援してるぞ、菜々花! ………

 ぷはっ。いつもながらにあまりにテンションの高すぎる文面に、思わず吹きだしそうになっちゃう。必死にこらえながらつづきを読みかけたとき。

「ん? 誰メル?」
「ひゃっ!」

 いきなり耳元で声をかけられて、私は反射的にフラップを閉じてしまった。

 振り向かなくても、そいつの正体はわかってる。こんな子どもみたいな、それでいてこっちの心臓がバクハツしちゃいそうな、そんないたずらをするやつは。

「マサキっ! あんたね、人のメール盗み見するのやめろって言ってるでしょ! 悪趣味だよ」

 とっさに顔面パンチを食らわせようとした私の鉄拳をフェイクでかわして、マサキこと寺山正樹はいつものように人の悪そうな笑みを浮かべた。

 マサキは私と同期で入社した若手社員。早生まれだから歳は十九歳。
 器用でなんでもうまくこなすタイプで、私よりずっと早くから、中の仕事もやらせてもらってる。男で腕力あるから重い鉄鍋も軽々振れるし(私なんか持ち上げられもしないのに)、もうお店に出すチャーハンまで作らせてもらってるんだよ。

 そりゃあ実力は認めるけどさ、いちいち態度がでかいところとか、時々ムカツいたりもする。

 ま、マサキはマサキ、私は私だし。とにかく私は、自分に与えられた仕事を、日々マイペースにこなしていくだけの話だけどね★

 店長、夏美さん、中採で店長の右腕的存在のガンコオヤジ轟さん、そしてマサキと私。これが『まつかぜ』安中店の現在の社員メンバーなんだ。

「だってお前気になるじゃん。毎日毎日、仕事上がった瞬間ニヤニヤしながら携帯チェックしててさ」

 いつの間にか着がえ終わってた夏美さんも、自分のロッカーを開けながら笑ってる。

「そうなのよねぇ。菜々ちゃん、すっごく嬉しそうなのよ、仕事上がりに携帯見るの。ひょっとしたら秘密のカレシからのメールだったりして」

 冗談っぽく言う夏美さんだけど、私の方は心中ドッキドキ。逃げ込むみたいに更衣室に入る。

 もちろん、夏美さんの言うようなカレシじゃない。でも、友達でもない。それに…、『普通の』メル友でもない。

 本当は、……本当は『彼』は…。

「おっ! わぉ、夏美さん今日もセクシーっすね。前ちょっと見たチャイナの制服でさえのーさつレベルなのに、私服でもその露出度は反則っつうか」

 …おい。

 私が着がえ終わって出てくる頃には、マサキの単細胞の頭の中からは、もうそんなメールの話題なんかどこかに吹っ飛んでいたらしい(そう、うちのお店でホールに出てるバイトの女の子の制服は、真紅のチャイナ風ワンピなんだ★)
 別にいいんだけどさ。深くツッコまれたって、困るのはこっちだし。

 でも、夏美さんってほんとにセクシー。女の私でも羨ましく思っちゃう。

 それにね、ここだけの話…。私、知ってるんだ。夏美さんが、店長と、密かに付き合ってるコト。
 三十五歳の店長とは年の差カップルだけど、一緒にいた年数が長い分、ものすごく落ちついた雰囲気に見える。

 だから悪いけど、マサキがいっくら夏美さんにラブラブ光線飛ばしたって、絶対叶うわけなんかないんだから。

 ……絶対絶対……。
 ………無理なんだからねっ!

「ありがと、正樹くん。でもね、そろそろ仕事戻った方がいいんじゃない? さっきから轟さんが大声で呼んでるけど」
「っやべ! 夏美さん菜々花お疲れ様ッス! はーいっ、なんスか轟さ――ん!」

 超特急でぶっ飛んでいったマサキに、夏美さんはクスクス笑いっぱなし。そんな楽しそうな夏美さんとマサキを見ながら…。

 ちくっ。
 心に、針が刺さる。

 どうしてだろう? 時々感じる、得体の知れないこの痛み。
 自分の心がわかんないなんて、こんなの私、正直初めてなんだけど……。

「それじゃあね、菜々ちゃん。また明日」
「…あっ、はいっ。お疲れ様ですっ」

 裏口から駐車場に出ていく夏美さんの声に、ハッと顔を上げる。

 そうだよね。悩んでいたって仕方がない。わからないものはわからないんだから、気にしていても始まらない!

 心の靄を振り払うように、私もバッグをつかむと裏口のドアを開け、寒風の吹く店外へと駆け出した。愛車のMARCH、アクティブ・レッドが私を待ってる。
 メールのつづきは、家に帰ってからのお楽しみにして。


 ポチャン。
 どこかの歌の歌詞じゃないけど、お風呂の天井から湯気の雫が落ちてきて、バスタブのお湯にまぁるい波紋をつくる。

 先週の休みに近所のスーパーで買ったフルーツバスソルトのストロベリーの湯はとっても“すうぃ~てぃ~”で、そのまま身体が溶けていきそう。

 そんな甘ったるい、ぼーっとした夢心地の中で…。

 私は、『彼』の。
 『ジン』のことを考えていた…。

 

 彼と知り合ったのは、ほんのささいな偶然。
 たまたま携帯に入ってきた、一通のダイレクトメールがきっかけだった。

 いつもだったらシカトかその場でメールごと削除するところだったんだけど、私の心は、そのDMの最初の一言に、一瞬にして引き付けられてしまったんだ。

 あなたの王子様は誰ですか?

 私の、王子様…。

『………はぁ!?』

 そう、私は完っ全にあきれ果ててたんだ。そのメールの始まり方は、私がそれまでにもらったDMの中で、たぶん最悪のものだったから。

 よくよく読み進めてみたら、なんだか怪しげな、出会い系サイトの紹介DMみたいだったわけ。サーバーからランダムに選ばれた相手とメールのやりとりをして、仲を深めていくっていう、あれ。

 バッカみたい、なぁーにが王子様だか。最近流行ってるんだか知らないけど、こんなところに登録してるような男なんて、どーせ女のカラダ目当てのやつらばっかり。そのくらい、いくら鈍い私にだってわかるよ。

 最後まで読むのもかったるいし、そろそろ削除してやるかな…と思ったんだけど、そこが運命のイタズラってやつ。うっかり別のボタンを押しちゃって、残されてた最後の数行の内容が、チラッと見えてしまった。

 そして、そこには…、

 思いもかけない、こんな文章が隠されていたんだ……。

 あなただけのヴァーチャル王子様と、
 素敵なメール交換をお楽しみください…。

 http://xxx.secret-prince.com

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