ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―〈Chapter 5〉

ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―

 

〈Chapter 5:ご主人様の正体は〉

「ほんとによかったのかしら…」
 小高い丘の上から、はるか遠いダンジョンの方角を見つめる人影がふたつ。

『大丈夫! 方法が見つからなかったときのために、通りかかるエモノ(客)は片っ端から捕まえとくわよぉ~、んふっ♪』

 ピッチピチのエプロン1枚の姿で身体をくねらせるサムソンに見送られ、王都へ向かったネアとクリン。
 3人がかりで瀕死の目に遭わされたドラゴンの巣の前に、仲間をひとりを残すのは忍びないが。

「一刻も早く戻ってきましょう、ネアさん」
「…そうね」
 決意を新たに、表情を引き締めるネアだった。

 ――しかし。
 王都に着くやいなや、思いもよらぬ事態が起こった。

「夜逃げ!?」
 開店前のバー『シュロス』にて、カウンターに身を乗り出し叫ぶネア。マスターがお手上げポーズで答える。

「そうなんだよ。君たちが旅立ってすぐだったかな、あの仕立て屋に客たちが怒鳴り込んで。どうやらいわく付きの品ばかり売りさばいてたらしい」

「その後、店主も店員も行方不明ってわけですか」
「ああ。とっくに国外へ逃亡してるって噂だよ」

「そ、そんなぁぁぁ~~~……」

 とぼとぼと雑踏の中を歩くネアをねぎらうように、クリンが声をかける。
「元気出してください。他にも方法はありますよ」

「無理よぉ…もう絶望的だわ」
 珍しく弱気になっている。

「『シュロス』で働かせてもらうのもひとつの手だけど…。顔見知りの客たちばっかりだから、逆にイヤなのよーっ!」
 ジタバタと暴れるネア。そのとき。

 ――ゴスッ!

「きゃん!」

 鈍い音とともに、叫び声が響く。

 振り返ると、頭を押さえてうずくまる少女の姿があった。
 ネアの振り回した杖〈キステラ〉の水晶球で、頭部を一撃されたようだ。

「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫!?」
 青くなって駆け寄るネアに、少女が答える。
「はい…。わたくしも、ぼーっとしておりましたので」

 東洋の血が入っているのか、黒目がちの大きな瞳と、腰まである黒髪の長髪が印象的。
 小柄な体型に、水色のワンピースとカチューシャ、白いフリルのエプロン姿。

 まるで不思議の国から抜け出してきたような愛らしさだ。どこかの屋敷のメイドだろうか?

「先ほどから何かお困りのようでしたので、声をおかけしようとしたのですわ」
 歳は15歳前後だろうか、穢れを知らない無垢な笑顔。

「わたくし、凛と申します」
「あたしはネアよ。よろしく」
「クリンです。実は、マキシミリアン通りで先日客に押し入られた、仕立て屋の行方を追ってるんですが…まったく目星がつかなくて」

 その言葉に、凛の瞳がぱっと輝く。

「まぁ! それなら、わたくしの主が存じていますわ。あの店は、取引先のひとつと申してましたもの」

 詳しく聞けば、凛は、この界隈では有名な商家に仕えるメイドらしい。
 主人は今、大きな商談のために隣町へ出向いており、夕刻には戻るという。

「よろしければ、屋敷でお待ちになられては? とてもお疲れのようですし」
「でも、そこまでしてもらう理由がないし…」

「あら、理由ならありますわよ」
 流れるような長髪を揺らして、凛がこちらを振り返る。
 ネアの視界が、一瞬暗くなり、そして…。

「…んっ…!?」

 唇に、あたたかくて柔らかいものが触れる。お菓子のような甘い香りがネアの身体を包み込み、頭がくらくらしてくる。

 往来の真ん中で、熱烈なキスを交わし合う可憐なメイドたち。
 ここが某秋葉原だったら、カメラ小僧が群がり写真を撮りまくっていただろう。

 ネアの両肩にそっと手を添えると、凛はようやく身体を離した。

「なっ…なに…」
 真っ赤になって飛びずさるネアの瞳を見つめ返し、にんまりと微笑む凛。
「ネアさん、とぉ~ってもわたくしの好みなんですもの♪」

「えぇぇぇえ―――っ!!??」
 思いっきりハモるネアとクリン…。

 また一癖も二癖もありそうな人物と知り合ってしまったようである。


 凛に屋敷に案内され、応接室でお茶を飲みながらくつろぐネアたち。

 そんなふたりを横目に、凛は奥の部屋へ入ると、内から鍵をかけた。厚いカーテンに覆われ、昼間なのに部屋は薄暗い。

 窓際には、ひとりの長身の男――隣町へ出かけているはずの主が、なぜかそこにいる。

「お申し付けどおり、捕らえてまいりました」
「うむ…間違いない。『始末屋』のうちのふたり、ネアとクリンなる者どもだな」

「わたくしが、彼らにあのメイド服を売りつけた張本人だということは、まったく気づいていないようでございますわ」
「そなたの変化の術を見破れる者は、そうおるまい…」

 主は近づくと、凛のおとがいに手を添え仰向かせる。
 絡み合う視線。そこにあるのは、他の誰にも立ち入れない主従の絆。

「私は巣へ戻る。残りのひとりを片付けるためにな」
「はい、ご主人様。ネアとクリンの始末は、この凛にお任せくださいませ…」

 言葉と同時に、固く閉ざされていたはずの窓が勢いよく開いた。吹き込む嵐のような強風に、カーテンが激しく踊る。

 そのカーテンに映る男の影は、人間のものではない――

 巨大なドラゴンのものだった。

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