ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―
〈Chapter 7:小悪魔なキミに、翻弄されたい〉
細く冷たい指が、首筋から鎖骨へと滑り落ちてくる。
「ん…っ」
ベッドの上、懸命に声を押し殺すネアの耳に、クリンのやわらかな唇が触れた。
「ネアさん…愛してます」
「…嘘」
「信じてくれないんですか?」
ふいに身体を離し、悲しげに表情を歪める。今にも泣き出しそうな、路地に捨てられた子猫のような瞳。
「僕だって、ほんとはこんな強引なことしたくない。でも、全員が助かるにはこの方法しか」
「…クリン」
「恨んでください、僕のこと…」
クリンのはちみつ色の長髪が、ふわりとネアの顔にかかる。
ふたりの唇が徐々に近づき、そっと触れ合う……
その直前。
「なぁ~~んちゃって☆」
「…え!?」
思わぬセリフに、固く閉じていたまぶたを思いきり上げるネア。
「あはっ、本気にしました?」
抱きしめるようにのしかかったままのクリン。しかしその笑顔は、ネアが知っているいつもの彼そのものだ。
小悪魔的な少年の気まぐれに、翻弄されている自分に気づく。
「ま、最初は本気で襲うつもりだったんですけどね。もともとこの旅を提案したのも、こういう場面を作るためだったし…」
ベッドから下り、傍らに置いていた剣を掴むと、部屋のドアに視線を向ける。
「彼女に出会うまでは。――ね、凛さん」
言うやいなや、クリンは居合いで剣を抜き放った。分厚いドアが両断され、その向こうに現れたのは。
両の手を口元に当て、愕然とした表情で後ずさる凛の姿。
「凛!? ちょっと、どういうことよ」
「偶然にしては、出来すぎてると思ってたんです。何の関わりもない僕たちに声をかけて、屋敷へ呼び込んで…」
言葉も出ない凛に、にっこりと笑みながら問うクリン。
「さっき、奥の部屋でこっそり話してた、『ご主人様』。あれ、僕らが倒しに行くはずのドラゴンですよね?」
ネアの中で、全ての糸が繋がった。
凛は、ドラゴンの手先だった。
ネアとクリンをわざと1部屋に泊まらせたのも、メイド服の呪いを解く方法を知っていた上で、仲違いをさせるためだったのだ。
「許せないっ、人の心を弄ぶなんて」
「ですよね。酷すぎます」
「あんたもよ!」
鈍い音を立て、ネアの杖〈キステラ〉の水晶球がクリンの脳天にめり込んだ。どうも最近杖の使い方を間違えているネアである。
平静さを取り戻し、不敵に笑う凛。
「ばれてしまっては、仕方ありませんわね…。いかにも、わたくしはあのお方に忠誠を誓った身」
背後に隠していたものを小脇に構える。
「あなたたちには、ここで消えていただきますわ!!」
パラララララッ、と乾いた音が響き、一瞬前までネアのいた床の上に蜂の巣状の穴が開く。
「おほほほほ! わたくしの開発した対魔法マシンガンの威力、試させていただきますわよ」
「ちょ、物騒なもの出さないでくださいよ! しかも開発って」
冷静にツッコむクリン。水色メイド服×マシンガンなど、セーラー服×ナタくらいミスマッチだ。
黒目がちの凛の瞳が、今や爛々と蒼く輝き、正気を失っている。
小柄な身体で、壁を蹴り、ベッドの上、そして窓際のテーブルの上へ降り立った。
「無駄無駄ッ! 無駄ですわぁ!」
銃の照準をクリンの心臓に合わせ、引き金にかけた指に力を込める。
絶体絶命――
「…そうかなぁ。無駄かどうかは」
「やってみないとわかんないわよね!」
「!?」
凛の背後から突如響く、視界から消えていたネアの声。振り下ろされた〈キステラ〉から、紅蓮の炎がほとばしった。凛が思わずマシンガンを取り落とす。
その一瞬の隙を突き、クリンの冷たい刃の閃光が走った。それは、数日前ネアのメイド服の呪いを断ち切ろうとしたときとは比べ物にならないほどの、研ぎ澄まされた力。
凛の身体が、無残にも斬り刻まれる――
「いっ…いやぁぁぁぁぁ――――っ!!」
しかし、朱の情景は訪れることはなかった。
微塵に裂かれた服とエプロン、カチューシャが、はらはらと宙に舞う。こときれたように、凛はテーブルから床へ落下した。
ネアがとっさに受け止める。
「あたし…なんで助けてんのかしら」
「ん…」
照れるように頬を染める彼女の腕の中、長いまつげがふるっと動き、凛が目を開ける。柔らかなレースのついた、水色の下着姿が愛らしい。
「ネアさん…? わたくし…どうしてネアさんたちのこと襲おうだなんて」
凛の顔がみるみる青ざめていった。
「やっぱり。凛さんも、そのメイド服に操られていたんですよ」
端々記憶が残っているところをみると、脳の一部のみを操作されていたらしい。
邪悪なメイド服を使い、いたいけな少女に殺戮をさせようとするとは、何とも卑劣なドラゴンだ。
ネアから借りた真紅のローブを羽織りながら、ハッと重要なことを思い出す凛。
「大変ですわ…。今ごろ主が…いえ、ドラゴンが、おふたりのお仲間を倒すため、ダンジョンへ向かっているはず」
「なんですって!?」
「急ぎましょう、ネアさん」
天高く掲げられた〈キステラ〉の水晶球より、白い霧が降り注ぎ、ネア、クリン、そして凛の身体を球状に包み込む。
その球体が、一瞬凄まじい光を発すると――。
3人の姿は、忽然と部屋から消え去っていた。
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