ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―
〈Chapter 8:凛の涙! さよなら、愛する人…〉
凄まじい爆音とともに、硬い岩壁が砕け散る。
砂埃にむせ返りながら涙目で叫ぶのは、年若き学生風の少年たち。
「なっ、なんでオレたちがこんな目に!」
「たまたま地質調査のレポートで、このダンジョンに立ち寄っただけなのに…」
登場早々逃げ腰な彼らの前に、ひとつの影が立ちはだかる。
「んま! なにドサクサに紛れて逃げようとしてんのよ」
「ひぃっ!」
そこにいるのは、セクシーな黒いボンテージに身を包み、右手に鞭、左手に赤い蝋燭、肩には緊縛用のロープを背負った、コスプレオカマッチョ僧侶――サムソン。
物語は今にもクライマックスを迎えようというのに、別の意味でギリギリだ。
「あん、ネアの呪いに便乗して、美少年ハーレム作る予定だったのにぃ…。こーなったらあんたたち、あたしのために存分に戦いなさい!」
喝を入れる。
しかし目の前には、一目散に逃げ去っていく2つの後ろ姿が。
「ちょ、戻ってらっしゃいよっ! キィーッ!」
鞭を振り上げて怒鳴る――
その背後から、容赦なく、生ぬるい吐息と地を這うような唸り声が響いてきた。
「これって大ピンチ? 最終回の予定だったってのに、絶対スペース足りないし」
山のようにそびえるそれは、漆黒の鱗に深紅の瞳、体長5メートルはあろうかという巨大なドラゴン。
さすがのサムソンの背にも、白い戦慄が走る。
〈ククッ…、3人揃っても一人前以下の貴様らが、別行動を取るとはのう。そんなに死に急ぎたいのか〉
耳元まで割れる口の中に、鋭い牙と濡れた舌先が見え隠れする。
圧倒的な魔力が、空気をも揺るがす。
〈まぁ、今頃あのクリンとネアなる者どもは、我が屋敷にてお楽しみの最中であろうが…。仲間と思っていた剣士に裏切られた気分はどうだ?〉
下卑た笑いを浮かべる漆黒の竜。
しかし、サムソンの口から漏れたのは、軽い失笑のみだった。
「…あんた、バッカじゃないの」
見上げた視線はどこまでも強く、揺るぎない。
「クリンがネアを…俺らを裏切るなんざ、ありえねーんだよッ!!」
鋭く投じた鞭が、ドラゴンの右目に命中する。
絶叫をあげてのたうつ、一瞬の隙を、サムソンは見逃さなかった。
ドラゴンに向け腕を伸ばし、両の手を重ねる。
「絶体絶命? はんっ、上等じゃない! どーせ散るなら、最後に華々しく伝説でも作ってやるわよ」
手のひらに宿る、聖なる力。
それはやがて、屈強なサムソンの身体を包むように広がっていく。
青白い光の中、彼の心臓の位置に、燃え立つようなふたつの赤い炎が揺らぐ。
〈まさか、貴様…捨て身か!〉
自らの命と引き換えに、膨大な魔力を放出する禁忌の術。それも、ふたり分の――?
姿も見えない誰かに向けて、語りかけた。
「…ねぇ。『あんた』もやっぱり、あたしにしてはカッコつけすぎだと思う…?」
「――そのとーりよ、このバカっ」
「!」
響いた声に、振り返る。
そこにいるのは、手にした杖〈キステラ〉を今にもサムソンの頭上に振り下ろそうとしているネアと、仏頂面をしたクリン。
「あたしに断りもなく自爆なんかしたら、許さないわよ!」
「ま、殺しても死ぬようなオカマじゃないけどね」
照れたようにそっぽを向くクリンに、サムソンの目元が、微かに緩んだ。
「で、メイド服の呪いは?」
ネアの後ろから、凛がぴょこっと顔を出す。
「呪いはすでに解けていますわ」
下着の上に、ネアから借りた真紅のローブのみを羽織った姿が愛らしい。
「あのメイド服は、わたくしの開発した〈悪夢のミシン〉で縫製したものですの。わたくし自身の呪いが解ければ、すべての服の呪いも解けるのですわ」
「そういうわけ☆ 待たせたわね」
ガッツポーズをする、最強の戦闘用メイド・ネアに、サムソンもウィンクで返す。
「待ってたわよ。準備はいい?」
ネアとクリンは頷き、両傍から、サムソンの手に自らの手のひらを重ねた。
「正義のために」
「…変わらぬ友情のために」
力が集約され、ひとつになる。
その背後から、もうひとつの細くて白い腕が伸びた。見れば、真珠のような可憐な涙を風に散らす凛。
「新たなる未来のために――」
4人分の思いを受け取るように、サムソンの声が高らかに響く。
「邪悪なる魂よ、眠れ!!」
解き放たれた浄化の光が、ドラゴンを包み込んだ。漆黒の鱗が、風に舞う桜のように剥がれ飛ぶ。
〈まさか、この私が、このような者どもに……ッ!!〉
断末魔の叫びとともに、巨大な輪郭は光の中へと溶けていき…やがて、完全に消えた。
手を取り合い飛び跳ねるネアたち3人の隣で、凛はひとり、ドラゴンの消えた虚空を見つめる。
一目会った瞬間に呪いをかけられ、絶対の存在となった主。
決して自分の意思ではなかった。しかし――。
胸の奥に残る痛みが、教えてくれる。
(お慕いしていたのだわ…。この国へ来て、初めてわたくしの存在を認めてくださった、あのお方を)
彼にとっては、単なる捨て駒であったとしても…。
まぶたを上げた凛の瞳に、もはや迷いはなかった。乾いた頬に誇りを感じながら、凛は小さくつぶやいた。
「さようなら、わたくしの初めてのご主人様…!」
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