花房幻影伝 お蘭! ― 月光の巻 ―
〈第四幕〉
床下から勢いよく何かが飛び出し、目の前の数人を跳ね飛ばす。
「ぐはぁっ!」
「な、何でぇ!?」
紐を付けられた直径一尺(約30cm)はある球体が跳ね返り、細い剣先にダンゴのように突き刺さった。
「うふふっ。わたくしの新作カラクリ『阿修羅のけんだま』の威力、とくとご覧くださいな!」
薄暗い空洞から躍り出たのは、両腕で構えるほどの大きなけんだまを振りかざす凛。膝上丈の水色の装束が目にまぶしい。
その隣、氷のような無表情で荒縄をねじり上げるのは桔梗だ。纏うのは奈落を思わせる漆黒の装束。
「ここが年貢の納め時ぞ。仔細はとうにこやつが白状しておる」
縛られ猿ぐつわを噛まされた男を突き出す。床下からサイコロの目を操り、人足たちの日銭を巻き上げていたことは明白だった。
「そこまで知られては、生きて帰すわけにはいきません…。お前たち、やっておしまいなさい!」
若旦那の号令に、ごろつきどもが一斉に襲い掛かった。
手元の引き金を引く凛。けんだまの両皿が分離して飛び出し、ブーメランのように数人を跳ね飛ばした。阿修羅の名の所以、容赦なき連続技だ。
「まとめて女郎屋に売り飛ばしてやんぜ…」
「…控えよ、下郎」
にじり寄る男たちの中央、桔梗の手元で涼やかに鳴る神楽鈴。神事における巫女舞・神楽舞に使われる、黄金の鈴を十二個綴った和楽器だ。
「うぬらの性根に巣喰いし鬼、祓うてくれる!」
鋭く宙に五芒星を描く。部屋中の床板が跳ね上がり、龍の姿となって立ち昇った水柱が男たちを頭から丸呑みにしていった。
「う、うわぁぁっ、化けもんだぁ~!」
「せいぜい頭を冷やすがよい…」
逃げ惑う足元に置かれた香炉。まさか薬で幻覚を見せられているとは気づくまい。
ものの数呼吸もしないうちに一党は打ちのめされ、座敷の隅に追い詰められることになる。
今頃裏門から忍び込んだななと蓮が、蔵を破って奴らの巻き上げた銭を回収しているだろう。
「か、金ならいくらでも差し上げますよ! ですから権利書だけは…」
「こんな店になんざ興味ぁないさ。あたしらはただ、善良な民草から金を巻き上げる、汚いやり口が許せないだけ」
「あ、あんたたちは一体…!?」
紺の装束に早変わりした蘭の両脇に、凛と桔梗が降り立つ。開いた障子の向こうに後光のように月が迫る。
「弱きを助け強きを挫く――女義賊『花房組』」
ニヤリと笑み、蘭は豪快に啖呵を切った。
「これに懲りたら、バカげた悪事からぁ金輪際手ぇ引くんだね!」
薄暗い路地裏を、清四郎は駆けていた。目前に迫る備前屋の邸内から、ただならぬ怒声と破壊音がこだまする。
「賭場での内輪揉めか!?」
木戸番からの知らせで急行したが、どうやら自分が第一陣だ。
屋敷を改めるには十分な理由、夜鳴きそばをすする小山田を待つ暇はないと門を叩きかけた、そのとき。
「!?」
不自然な気配に天を仰ぐ。その瞳に映ったものは。
「よっしゃ、さっさとずらかるぜ!」
「お宝いっただきなのです~♪」
屋敷の屋根に躍り出た、年端もいかない娘たち。
ひとりが猫のような目で辺りを探り、小柄なもうひとりは、抱えるほどもある巨大な千両箱をお手玉のように軽々と宙に放っている。まるで金太郎のような、人智を超えた怪力だ。
「なっ…!?」
浮世離れした光景に、振り上げた拳もそのままに立ち尽くす。
騒ぎに乗じた物盗りか。堅気の者ではない、闇夜に咲いた菜の花色と桃色の装束はさながら季節外れの花火。
呼び子の笛を取り出そうと懐を探る。
だが、再び見上げたとき、ふたりの姿はとうに風の中へと消えた後だった。すべてが夢であったかのように。
「ほぅ、黄金にも勝りしは、華やかなる天女の舞か!」
降って湧いた笑い声に振り向けば、爪楊枝をくわえた小山田がたたずんでいた。いつの間に追いついていたのか。
「笑い事ではござりませぬ! あの者ら、騒ぎに乗じ千両箱を…」
捲し立てる清四郎をよそに、悠然と顎をさする。無精ひげの口元がほんの一瞬満足げに歪んだように見えた、それもまた夢の余韻であったのだろうか。
「敵を見誤るな、清四郎。わしら町方の獲物はこの門の奥であろう?」
重く光る十手を構え、小山田は鋭くそれを振り下ろした。采配のごとく。
「南町奉行所、捕り物出役である! 情けは無用、ネズミ一匹逃がすでないぞ!」
「………! はっ、心得ました!」
それはまだ、『花房組』の伝説のほんの序章にすぎない。
八百八町に悪の途絶えることがない限り、彼女たちの戦いもまた、終わりを告げる日は来ないのだから。
その後、先陣を切って屋敷に討ち入ったふたりと駆けつけた捕り手たちの奮闘により、備前屋の若旦那とごろつきどもは一斉捕縛される。
善良な人足たちを泣かせたイカサマ賭博騒動は、ここにようやくの決着をみるのであった。
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