ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 6:湯けむりは魅惑の香り・後編〉
「クリンさま…、ネアさんに操られているのですね」
身体に巻いたタオルが落ちそうになり、あわてて押さえる蓮。
「とゆーかこんな展開、喜んでるのは作者だけなのです!」
「んー。厳しいツッコミだな」
うかつにも同意しかけるクリン。その脳裏を、Word画面を前にのた打ち回る変態女子の姿が超高速でよぎった。
「とにかく、きみがカードを手放したのはネア女王への反逆行為。それ相応の罰は受けてもらわないと困ります」
「!」
風のような速さで間合いに入り込まれる。次の瞬間には、唇が触れ合いそうな距離に可憐な年上の美少年の顔が迫っていた。
『ふふっ。どう料理しましょうか…』
いつものクリンの声ではない。
見上げれば、真っ直ぐな瞳に射抜かれる。ふたつの宝石は見慣れた深い碧色ではない、捉えどころのない虹色に煌めいている。
(あ…。僕、クリンさまのこの瞳、見たことある…)
失くしたはずの記憶の欠片が、蓮の脳裏に鮮烈にフラッシュバックした。
――人間が、ひとりでこんな膨大なエナジーを持ってるなんて。いつか、心も身体も千切れちゃいますよ?
――少しだけ…ほんの少しだけ、きみの溢れそうになっている余剰な〈力〉を、体外へ放出するんです。…できますよ、蓮さんになら。
(クリンさま…)
蘭と凛の仲違いのせいで、蓮が制御装置を外したあの日。
小さな身体の内から溢れる余剰なエナジー…〈生命力〉を自ら受け止め、暴走を止めてくれたのが、他でもないクリンだった。
器となる彼自身もまた、壊れてしまう危険にさらされていたというのに。
――感謝します、蓮さん。これで僕も、もうしばらくは生きられそうだ…。
「…いつでも、あなたを助けます」
「!?」
消え入りそうな声に、息を呑み後ずさるクリン。曇りのない黒目がちの瞳が見つめ返す。
「僕には詳しいことはわかりません…。でも、生きてほしいのです、クリンさま!」
そのときだった。凄まじい爆音とともに粉々に吹き飛ぶ浴室の扉。
「ほぁっ!?」
ふたりの視界に長身の人影が映る。湯気の壁を凪ぎ現れたのは、銀髪の美青年ハンター・アインだ。
「やれやれ…。こんなことだろーと思ったぜ」
肩には彼の相棒である、身の丈ほどもあろうかという巨大なハンマー。重厚に鍛えられ、凶暴なモンスターも一撃で仕留められる最強無比の破壊力を持つ。
「部屋で話してたとき、窓の外に妙な気配を感じてな。張り込んでたんだ」
「気配って…。女湯は大丈夫なのですか!?」
「ああ、あっちにはベルカがいるし。そんなにヤワじゃないさ」
力強くウィンクする。そっけない言葉の中に揺るぎない信頼感が詰まっている。
ハンマーを下ろすとクリンに向き直った。
「そこのネコ耳! きみは何者だ?」
「怒鳴らなくても聞こえますよ。気安く『ネコ耳』なんて呼ばないでほしいな」
しれっとした態度でそっぽを向く。
「僕の名はクリン。…あぁ、この世界では『チェシャ』だっけ」
不機嫌そうにパタパタ揺れるしっぽ。まるで反抗期の中学生だ。蓮の様子から、ふたりが知り合い同士であることはアインにも察しがついた。
「完敗ですよ、蓮さんには。このカードはお渡しします」
浴衣の懐から取り出したのは、トランプのハートの6だ。
「操られていたのではなかったのですか?」
「あはっ、僕は呪術にはかからない体質なんです。…少し意地悪が過ぎたみたいですね」
頬を染めうつむく蓮を見つめ、なぜか悲しげな笑みを浮かべるクリン。
この幼い少女は、身体の内に眠る膨大なるエナジーを差し引いても、計り知れない不思議な力を持っているのかも知れない。
「あぁ、でも。ネアさんに背いた罰だけは、しっかり受けてもらいますから…ね♪」
ちょうどその頃――
宿屋の受付カウンターにて、届けられたばかりの回覧板に目を通すアイルー主人。
| 〈お知らせ〉
近頃、温泉街周辺にて、宿泊客の留守を狙い不審者が部屋や脱衣所に忍び込むという事件が多発しています。 ①ネコ耳姿の少年で、カリスマというクラスの腕前を持つ美容師だと自負していた。 といった具合に、極めて胡散臭いことが判明。 |
|---|
「おかえりなさーい。ずいぶん長風呂でしたのね」
「売店で温泉まんじゅう買うてきたで。みんなで食お……」
言いかけたまま、氷のように固まり絶句する凛とベルカ。次の瞬間。
「なに、その頭――――!!!???」
ドアの向こうで、直径1メートルはあろうかという巨大な虹色アフロの髪型にされたアインと蓮が、滝のような涙を流したたずんでいる。
「ほっといてくれ!」
「右に同じなのです!」
抱腹絶倒する女子たちに、ある意味悟りの境地(?)の男子組。
その背後では、両手にハサミと櫛、カーラーを抱えたネコ耳クリンが、天使の皮をかぶった悪魔さながらに微笑んでいた。
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