ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 16:お城を盗んだのはだれ?〉
広大な城内の一室、きらびやかな装飾品に彩られた謁見の間にて。
「どうやら、『ハンプティ・ダンプティ』の殻は破られたようだねぇ」
つぶやくのは、真紅のハートを模った玉座に腰かけ、淹れたての熱い緑茶を湯呑みからすする少女。歳は15、6か。
傍らには、蓮たちに謎の言葉を残し去った神父・白。登城用の正装とみえる真新しいローブの胸元には、10個の巨大なハートマークが刺繍されている。まるでトランプのコスプレだ。
「敵もなかなかやりますな、蘭さま」
「その呼び方、やめとくれよ。あたしゃあんたらと同じで、ハートの兵隊のひとり。単なる女王代理なんだ」
不機嫌そうに髪をかき上げる。白の言う『ネアに代わりこの世界を支配する女性』とは、蘭のことだったようだ。
膝上丈の紺色の装束姿は、彼女が忍び――くノ一であることの証。腰まである豊かな黒髪が、勝気げな顔立ちを際立たせる。
「『姐御』ってのはどうだい? こう見えて忍びの頭領だからねぇ、仲間からはそう呼ばれてんのさ」
言い終えるよりはやく、玉座の背もたれに飛び乗る。歌舞伎ばりにポーズを決めると。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。義賊『花房組』頭領、花房お蘭たぁ、このあたしのことさ!」
すかさず、どこからか現れた黒子が背後で鼓を打ち鳴らす。こちらの世界へ来てから雇ったバイトらしい。
パチパチと乾いた拍手を送る白。イロモノ揃いの物語とはいえ、上には上がいるものだ。
と、重々しい音とともに部屋のドアが開く。
「あ、あの…ろぼにーさん。今度こそ、このお部屋で間違いありませんの…?」
「マカセロ・ロボ・ラクショウ・コンチクショウ」
無表情な箱型メカとともに現れたのは、ひと足先にメイド公募の面接室へ向かっていたはずの凛。
浅葱たちが昼ドラも真っ青の恋愛劇を繰り広げている間中、城内をあちこち連れ回されていたのだ。
「…ついに来ちまったのかい」
「蘭! やっぱりあなたもここにいましたのね」
玉座から見下ろすのは他でもない、自分と瓜二つの容姿を持つ双子の姉。凛が無邪気に表情を緩ませる。
「あちこち見学しているうちに気づきましたの。このお城の構造、よく見たらあなたの趣味が満載なのですもの」
「あぁ、罠やカラクリも大量に仕掛けてるからねぇ」
忍びの頭領としての任務の合間に、暇さえあれば屋敷の間取り図を引いている蘭。無類の建築マニアなのだ。
「ネアさんはどこですの? ご存知なのでしょ?」
駆け寄る凛のエプロンのポケットから、面接用の履歴書がこぼれ落ちる。蘭の唇から、ふ、と妖しい笑みが漏れた。
「知っちゃぁいるが、教えらんないねぇ」
「蘭?」
「この城じゃ、メイドや執事なんざ、はなっから募集してないのさ。あんたたちをおびき寄せるための口実だよ」
「ど…どういうことですの?」
蘭の表情が、獲物を狙う獣のように妖しく歪んだ。
「凛。あんたを捕らえて、この世界に永遠に閉じ込めておくためさ!」
「!」
飛び退く間もなく、轟音とともに降ってきた鉄の檻が凛の身体を捕らえた。信じられないとばかりに格子を掴む。
「冗談はやめてください! ネアさんを探し出して、ふたつの世界の流れを元の軌道に戻さなくては」
「冗談なもんか、あたしゃ女王の意思に従うだけさ。刃向かう者は、たとえあんただって容赦しないよ」
「…やむを得ませんわ…」
ガーターベルトに潜ませていた小型の銃を取り出し、構える。
「やるってのかい? 面白い」
ニヤリと目を細め、懐から出した手裏剣を構える蘭。
あの日の惨劇が、まさに繰り返されようとしている。
ネアの言葉で我に返り、ともに力を合わせ一族を守っていくと誓ったはずの姉妹が、よもや再び――。
そのとき。ふたりを取り巻く空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、脳を掻きむしられるような耳鳴りが響き渡った。
「い…いやああっ!」
「凛っ…!」
あまりのことに、両手で頭を押さえ崩れ落ちる凛。その瞳からガラス玉のような涙があふれる。本能的にかばおうと腕を伸ばす蘭。
部屋の扉が蹴破られた。駆けつけてきたのは、ベルカとアイン、蓮、クリン…
そして、なぜか今にも背中が破れそうなピッチピチの水色のエプロンドレスに身を包んだ、マッチョな巨漢の僧侶。
「くっ! 何だってんだ、この不協和音はよ」
「不協和音はあんたの服装のほうや!」
ベルカがすかさずツッコむ。全身に鳥肌が立っているところを見ると、臨界点すれすれだ。
「るせぇっ、俺だってこんな服着たかねぇんだよ!」
『んまっ! コスプレは日本の誇れる文化なのよぉ?』
涙目で凄むサムソン――浅葱の胸元から、デリラの声が響いた。無事ロザリオに魂を宿らせることができたのだ。
『あたし好みの衣装着てくれなきゃ、もうあんたの中に戻ってあげないわよぉ~だ! プンプン!』
「誰なんだよそのキャラ…。鏡から解放されたら、途端に元気になりやがって」
激しく同情しながらも直視できないアイン。
事情を知らない凛に至っては。
「この状況で腹話術なんて…サムソンさん、ついにあちらの世界へ行ってしまわれましたのね」
「真顔でボケるな! っつぅか「ついに」って何だ、「ついに」って!」
埒が明かない。伸ばされた浅葱の右の手のひらに聖なる力が集約され、青白い光を発し始める。
『んふっ。最後ですもの、カッコよくキメちゃうわよぉ♪』
「混沌たる世界よ、静まれ!」
癒しの光が洪水となり、部屋全体を呑み込む。
過去の罪、兵隊同士の争い、姉妹の確執、そのすべてを許し、長き旅路の終焉を告げるように――。
歪んだ世界が調和され、耳鳴りも徐々に収まっていった。
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