花房幻影伝 お蘭!〈ハナ×コイ! / 前編〉

花房幻影伝 お蘭!

 

〈ハナ×コイ! / 前編〉

 サァサァ皆さまお立ち会い!

 今宵あっしが語らしていただきやすのは、我らがヒロイン・義賊『花房組』一党と、天下無双のイロオトコ・八丁堀同心矢上清四郎が、彼の有名な『御台所様毒殺未遂事件』の数日前に巻き起こした、世にも不埒な花物語でぇ~ごぜぇやす。

 咲いた花なら散らねばならぬ、恨むまいぞえ小夜嵐…!?

 御粗末ながら、しばしご静聴のほどを――。


 それはよく晴れた秋の昼下がり。

「清四郎さまぁっ! 助けてくださいなのですぅ~~っっ!!」

 市中見廻りの途中、雑踏の中で名を呼ばれ振り向けば、駆けてくるのはいつもの三姉妹の末っ子・蓮。なにやら取り乱した様子でべそをかき、必死に清四郎の羽織の裾にすがってくる。

 正直、この者たちと関わってロクな目に遭ったためしがない。はなから疑ってかかった清四郎だが、蓮のあまりの剣幕に、膝を折り目線の高さを相手に合わせた。

「…何事だ、お蓮」
「凛ねえさまたちが、凛ねえさまたちが…」

 目に涙を溜め、両手をぶんぶん振りまわす。桜色の唇からこぼれたのは、とんでもない台詞。

「全員着物を脱がされて、花がぶわ――っと散るのです!!」
「………」

 道行くエキストラたちが一斉に振り返る中、清四郎の顔からざっと音を立てて血の気が引いた。

 花が散るとは、まさか……。

「な、な、何だとぉ―――っっ!!??」

「もぉっ、いいからはやく来てくださいなのです!!」
 錯乱する清四郎を引きずるように、蓮が群がる野次馬を撥ね飛ばしながら往来を直進していく。

 古今東西、この手の騒動に否応なしに巻き込まれてしまうのは、ラノベの男主人公たちの幸運なる天命であった。


 神田錦町串之介長屋――蓮の長姉である蘭が元締めを任されている一棟。

 その最奥、蘭本人の住む店(たな)の軒先に飾られた異色のインテリアに、清四郎は度肝を抜かれる。

「何だ、この巨大な天狗の面は!?」

 趣味が悪いにも程がある。祭の山車燈籠(だしとうろう)に乗せられていそうな、大人の背丈ほどもあろうかという赤い天狗面の、怒りの形相の中央から、天に向かってそそり立つ極太の長っ鼻。

(無念だ、一足遅かったか…。いや、しかし!)

 一縷の望みを賭け、長屋が壊れんばかりの勢いで引き戸を開ける。次の瞬間目の前に広がるのは、まさにこの世のパラダイス。

「せ、清四郎さんっ!?」
「テメェ、なんでここに!?」
「…ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン…」

 帯を解かれ小袖も足袋までも脱がされ、襦袢一枚になったあられもない凛・なな・桔梗の姿(うち一名、現実逃避中)。

 傍らには、彼女たちが纏っていたと思われる着物の山。その向こうの畳の上に、どっかりと居座る怪しげな人物の背中が見える。

「おのれっ……この色魔め!」
 怒りに震える清四郎が叫ぶ。十手をしまい、白刃を抜き放った。

「未来ある女子たちを次々と手篭めにするとは、言語道断! この矢上清四郎が成敗してくれる!」

「…はぁ? 何言ってんだい、あんた」

 人影がすっと立ち上がり、虫けらを見るような呆れ顔でこちらを振り向いた。それは他でもない、この店の住人・蘭。

「お、お蘭…? 一体どういうことだ?」
 状況が理解できず立ち尽くす清四郎。不埒者に無理やり着物を剥ぎ取られたのではなかったのか?

「これさ。――花!」
 艶っぽく斜め上の目線で見上げてくる蘭の手には、整然と広げられた数枚の小さな札。
「花…札?」

「勝負に負けたほうが一枚ずつ脱いでくって決まりにしたら、いつの間にやらこの有り様さ」

 やれやれと肩をすくめる蘭のいでたちは、いつもどおりの紺の小袖と金糸の帯。かんざしひとつ外していないところをみると、連戦連勝のようだ。
「…で、誰が色魔だってんだい?」

 がっくりと畳に膝を着く清四郎。幼い蓮が必死で訴えてきた言葉とはいえ、どうやらとんでもない勘違いをしていたらしい。

「それにしても、あの悪趣味な天狗の面はいかがした?」

 この時代、天狗の面を模した玩具が夜の秘め事に利用されていたことは周知の事実。清四郎が誤解したのも、まぁ無理はない。
 蘭は引き戸を開け、巨大な面の隣に立った。

「お江戸の歴史の中で、花札が禁止されてた時期が長かったこたぁ知ってるだろ」

 一般的に賭博の一種とみなされる花札は、徳川幕府が断行してきた寛政の改革をはじめとした数々の風紀取締りの折には、漏れなく禁制の対象とされてきた。

 中にはお上の目を盗み、店や自宅の奥部屋で賭場を開く者もでてくるわけだが。目印として、「花」と「鼻」をかけ軒先に天狗の面を飾ったり、訪れた客は自分の鼻先を指でチョイとこすってみせるなど、合図が決められていたという。

「どうせやるなら、形から入らなきゃねぇ!」
 アッハッハと豪快に笑いながら、天狗の鼻を掴んでこすり倒す蘭。

(目に毒だ……)

 やはり来るべきではなかった。きびすを返す清四郎の首根っこを、しかし一瞬早く凛の手が掴んでいる。

「逃がしませんわよ、清四郎さん!」

 凄まじい力で屋内へ引きずり戻され、ぴしゃりと引き戸が閉められた。

「お願いします、わたくしたちの仇を取ってくださいな!」
「か、仇…?」
 潤んだ瞳で見上げてくる凛の背後から、すかさずななが加勢する。

「こんなカッコじゃ帰れねぇんだよ! テメェ、姐御さまと勝負して着物ひっぺがして、ついでにななたちの着物全部取り返してこい!」

 とんだとばっちりだった。賭博を取り締まる立場の自分が、よりによって女物の着物を賭けて脱衣花札とは。世間に知れれば十手返上どころか、社会そのものから永久に追放されかねない。

「氷の巫女、ふたりを止めてくれ!」
 最も話の通じそうな相手に助けを求める。

「……六根清浄、急急如律令」
 すでにBGMと化していた真言がぴたりと止んだ。遠い目で蘭を見やり、凄みの効いた声でつぶやく桔梗。

「時にはあの者に一泡吹かせるも一興…」

 案外、怒らせたらいちばん恐ろしい相手なのかも知れない。ついに諦めて大きく息をつくと、清四郎は蘭の正面、薄い座布団の上に腰を下ろした。

「やむを得ん…。勝負すればよいのであろう」
「ふん、そうこなくっちゃねぇ」
 小粋に袖を捲り上げる蘭の隣で、ひとり脱衣の難を逃れた蓮が札を切り、手際よく場に並べていった。

「一対一、こいこいで勝負なのです」

 こいこい。手札の『花』と場札の『花』を合わせ、獲得した札の組み合わせ、すなわち『役』により、得点を競う競技。

「…手加減はせぬぞ」
「望むところさ!」

 両者の札が交互に場に出され、伏せられた山札が崩される。
 畳を弾くパシン、という子気味よい音が、背筋を走る恐怖と快感をどこまでも加速させていった。

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