花房幻影伝 お蘭! ― 月光の巻 ―
〈第一幕〉
鏡のような満月が照らす、薄明かりの夜。
遠く風上に甲高い捕り物の笛の音を聞きながら、お江戸の闇を駆け抜ける者たちがいる。
夜陰に融ける姿は影そのもの。やがて裏通りのさびれた長屋にたどり着くと、疾風のごとく屋根の上へと飛び移った。
逆光に照らし出された輪郭は五つ。
「――ながらへば 月に叢雲(むらくも) 花に風」
先頭の娘がささやく。それを合図に、空に無数の小判が舞い踊った。
降り注ぐ月光を受け惜しげなく輝く、それはそれは美しき、黄金色の花びらのように――。
「さぁ、今宵の戦利品だよ!」
お江戸は神田錦町。天まで突き抜けるような青空の下、すっとんきょうな悲鳴が響いている。
「ひ、ひぇぇ~~っ! 堪忍してくれぃ!」
道行く人々が振り返る中、長屋の木戸の内側で、激しい修羅場が繰り広げられていた。
投げつけられた茶碗や湯呑みとともに土間から転げ出てきたのは、年若き町人風の男。つづいて竹箒を振りかざした女が現れる。
「今度という今度は我慢なんない! 出てけ、このバカ亭主!」
「いてぇっ! 殴るこたねぇだろ、お峰!」
「気安く呼ばないでよっ、キィーッ!」
金切り声とともにまたも箒を構えたところを、誰かが背後から引き止めた。
黒八丈の着流しに、紋付の羽織に身を包んだ侍。ジタバタと暴れるお峰を必死でなだめている――。
「やめぬかまったく! もうそのくらいで許してやってくれ」
侍の名は、矢上清四郎。江戸南町奉行所の若き定町廻り同心である。
遠縁の養子に迎えられ、隠居した父の跡を継ぎお役に就いて、はや二月。ようやく日々の捕り物も板についてきたが。
(な、なにゆえ拙者が、犬も食わぬ夫婦喧嘩の仲裁を……)
今朝方のこと。奉行所の目と鼻の先の路地で、この家の亭主・弥二郎が、ふんどし一丁でぶっ倒れていたのである。
今は江戸城外壁の修繕工事の人足として働いている弥二郎だが、もらったばかりの給金をバクチですった挙句、身包み剥がれ賭場から追い出されたという。
「こちとら江戸っ子、宵越しの銭は持たねんでぃ!」
「デカい口たたくんじゃないわよ、今月の店賃も払えないのに!」
箒を投げつけるお峰。同じ棟の店子たちが気の毒そうに見守る。
そのときだった。沈黙を保っていた一番奥の店の戸が、音もなくすっと引かれたのは。
「…やれやれ、弥二さんにも困ったもんだねぇ」
現れたのは年の頃十五、六の若い娘だ。
「お蘭ちゃん!」
頼みの綱とばかりに叫ぶ店子たち。
振り向きその顔を見た途端――清四郎は思わず両の目を見開かずにはいられなかった。
「そなたは、あの時の…!?」
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