ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―〈Chapter 6〉

ダンジョン・コンツェルト ― メイド服にご用心? ―

 

〈Chapter 6:失われた絆? ネアの決断〉

 窓を打ち付ける雨音が激しさを増し、空には悪夢のような黒雲が渦巻いていた。

「この豪雨で街道が寸断されて、主の帰宅は明日になるそうですわ…。よろしければ、今夜はお泊りになっていってくださいな」

 屋敷の廊下を案内しながら微笑む凛に、ネアが返す。
「何から何まで、ほんとにありがと。感謝するわ、凛」

「ネアさんのためですもの♪ …でも、ひとつだけ問題がありますの」
「問題、ですか?」
 クリンの問いに、可愛らしく小首をかしげる凛。

「じつは今、お客様用の寝室が1部屋しか空いていなくて…」
「ってことは、ネアさんと相部屋! わぁ、役得~っ♪」

 花を飛ばしながら上機嫌で踊っていたクリンは、突如凄まじい殺気を覚え震え上がった。
 振り返れば、鬼のような形相の凛の姿が。目からは今にもビームが飛び出しそうだ。

「――許しませんわよ…ネアさんが殿方とふたりきりで、夜の寝室であんなこと、こんなことッ!!」

 あらぬ妄想をしているらしい。その剣幕に、さすがのクリンも口元を引きつらせ後ずさる。
 だが、いちばん身の危険を感じているのはネアだ。

「ネアさんっ、わたくしの部屋へお泊りになって! ベッドは狭いですけれど、かえって好都合…いえ、ふたりには充分ですわっ♪」

 ネアの表情が凍りつき、足元からゾゾゾ~ッと鳥肌が這い上がってくる。

「あっ、あたし、クリンと相部屋で構わないから! 部屋ここよね!? じゃっ!」
 クリンの首根っこを乱暴に掴むと、前方に見えるドアの空いている部屋へ一目散に駆け込んでいってしまった。

 それを見届けると。

「ふふっ、可愛い人…。でも、その余裕も今のうちですわ」

 稲妻が光り、凛の表情が妖しく歪んだ。
 手のひらの上で踊るエモノたちの、ささやかな抵抗を楽しむかのように。

「わたくしの筋書き通りなら、あなたたち3人の絆は、今宵ズタズタに引き裂かれるはず…」


 ドアにがっちりと鍵をかけたうえに魔法で結界を張るネア。同性から夜這いをかけられるなど、たまったものではない。

「早いとこ当主が帰ってきてくれないかしら…。サムソンに何かあったら、悔やんでも悔やみきれないし」
「―――」

 部屋の奥で荷物を解いていたクリンの手が、ぴたりと止まる。

「…ネアさんって、サムソンのこと好きなんですか?」
「は? っていうか、仲間が危険にさらされてるんだもの、心配するのは当然でしょ」

 軽く受け流すように答える。――しかし、次の瞬間。

 思いもしなかった強い力で、ネアは背後の壁に押さえ付けられた。

「痛っ!」
 背中を打ち付け、顔をしかめる。何が起こったのか理解できずもがくが、両肩を押さえられていて動けない。

 まぶたを上げると、吐息さえ感じる距離に、可憐な美少年の顔が迫っている。

「…何の冗談よ」

「冗談はネアさんのほうでしょ? せっかくふたりきりで旅できることになったのに、他の男の名前なんて、口に出さないでほしいな」
「あ…っ」
 肩を掴まれる力が強まり、痛みに叫びがもれる。

 感情のない冷たい瞳。いつもの子猫のような少年の面影は、今やどこにも見当たらない。

「そんなにあいつが心配なら、教えてあげますよ。手っ取り早い、呪いの解除法」
 愉しげに目を細めるクリン。

「今ここで、僕と愛し合うんです」
「なっ…」

「贈り主と、呪いを打ち破るほど激しく愛し合えば、その戦闘服は完全体になるんですよ。証拠はここに」
 説明書の切れ端を取り出し、ちらつかせる。まるで猫がエモノを弄んでいるような態度。

 堪え切れずに、ネアの平手が飛ぶ。

「いい加減にして! それ、脅迫じゃない。あんたがそんな人間だったなんて」
「…本当に可愛いですね、ネアさんって」
 唇からにじむ血を舌先で舐め取り、平然と微笑むクリン。

「僕は最初からこうですよ? 欲しいものを手に入れるためなら、手段なんて選びません」
「っ…」

「さぁ、どうするんですか? サムソンを見殺しにするか、僕のものになるか…ふたつにひとつです」

 ――世界が、壊れていく。床に崩れ落ちそうになりながら、ネアは必死に記憶をたどる。

 5年前、13歳のネアがサムソンとともに立ち上げた『始末屋』。
 そこへふらりと現れたクリンが加わり、はや半年。

 それから、いつも3人一緒だった。凶悪なモンスターたちと戦い、共に笑い、共に泣き。
 口に出さずとも、生きるも死ぬも一緒と思っていた仲間たち。

 誰ひとり失いたくない。亡くしたくなんかない。

 でもまさか、そのために、心を…絆を手放すことになるなんて…。

 ネアの瞳から、ガラス玉のような涙がこぼれ落ちる。抵抗していた両腕が、徐々に力を失っていく。

「…好きにすればいい」

 今まで見てたあんたの笑顔が、すべて偽物だったっていうのなら――。

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