ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 5:湯けむりは魅惑の香り・前編〉
「いらっしゃいませだニャ~!」
ドアベルの音とともに現れたのは、若草色のベストを羽織り、満面の笑みを浮かべる宿屋の主。
どう見てもシャム猫だが、ベルカたちの世界で『アイルー』と呼ばれるモンスターの一種族だ。商いに長け、人間相手に店を開いている者も多いという。
慣れた様子で荷物を預けるベルカ。
「2部屋たのむわ。あ、男女別々でな」
「かしこまりましたニャ♪ お客様ごあんニャ~い!」
主が号令した途端、凄まじい足音とともに廊下の奥から数匹の猫たちが飛び出してきた。人間のように直立し、両手を上げて「ニャウニャウ~!」と叫んでいる。
「ひっ!?」
「こ、怖いのです~!」
手を取り合い半泣きの凛と蓮。ふたりの住む世界、特に日本では、猫は直立もしなければ喋りもしない。
ものの5秒もしないうちに荷物は全て奪い取られ、リヤカーに乗せられて廊下の奥へと運ばれていった。
蓮が持っていたトランプのハートの2。
そしていつの間にか凛のポケットに紛れ込んだハートの3と、ベルカとアインの4&5。
「このカードは、ハートの女王様…ネアさんに忠誠を誓う者たちに与えられる、兵隊の証明書なのです」
ベッドにちょこんと正座し語り始める蓮。
「今朝、僕も凛ねえさまと同じように、ネアさんたちと会うためにマスターさんのバーへ向かってたのです。でも、お店に着いてドアを開けた途端、真っ赤な炎に包まれて…」
その後記憶はぷっつり途切れ、気づけばこの世界で、ネア女王に仕える兵隊の一員になっていたという。
「理由はわからないが、オレたちもカードを持ってたってことは、全員ネアの意思でここへ呼び寄せられた可能性が高いな」
壁に寄りかかり腕組みするアイン。ちらりと窓の外に目をやると。
「――ま、今日はもう遅い。ゆっくり休んで、考えるのは明日だ」
「せやな。この宿、安い割に温泉も付いとるらしいわ。行ってみよか、凛」
「ええ、ぜひ♪ 露天風呂もあるみたいですわよ」
嬉々として荷物を解きはじめるふたり。つい先ほど知り合ったばかりだというのに、すでに十年来の友のような打ち解け様だ。
「こーいうときの女性同士の連帯感ってすごいよな…」
無類の優男(?)アインも、乙女心の奥深さには未だ首を捻るばかりである。
数十分後――。
もうもうと立ち込める湯気の中、湯船に肩まで浸かり至福の表情を浮かべる蓮の姿があった。
「はふぅ~、いい湯なのです♪」
ここは宿屋の離れに位置する貸切り風呂。凛たちとともに女湯へ向かおうとしていたところを、アインに大慌てで止められたのだ。
しかし顔はどう見てもいたいけな幼女。
「男湯の大浴場なんて行ったら、僕、襲われちゃうかも知れないのです! 貸切りにしてもらってよかったです」
自分の武器を100%理解している、末恐ろしい七歳児だ。
「お湯加減はどうですか?」
格子窓越しに響く声。外で誰かがかまどに薪をくべている。
「ここの源泉は温度が低いから、少し沸かさないといけないんですよね」
「ほぁ~、そうなのですか。ありがとうございます、ちょうどいいのです」
夢見心地で答える。
「あなたもアイルーさんなのですよね? それにしては、他の方たちみたいに『~ニャ♪』って口調じゃないですけど」
不自然な間の後、喉の奥で「くっ」と小さく笑む気配。
「…あれ? 僕、自分がアイルーだなんて言いましたっけ」
「ほぁっ!? じゃあ、あなた誰なのですか!?」
ざばっと湯船から立ち上がる。あたふたと身体にタオルを巻いた途端、脱衣所への扉が開かれた。
そこにいたのは、甘く艶めくはちみつ色の髪をお団子状に括り、S全開で微笑む美少年剣士――クリン。
「あはっ。忍者のくせに隙だらけですね、蓮さん…いえ、白ウサギさん」
「クリンさま!」
蓮がぴょこんとうさみみを立てた。
いつもの甲冑姿ではない。湯もみ用の浴衣と手ぬぐい(草○温泉風)、頭にはアイルーたちによく似たシャムネコ風のネコ耳。なんとしっぽまでついている。
相棒のオカマッチョ僧侶の衣装を毎回軽くあしらっているとは思えない変貌ぶりだ。
「ふぅん、記憶が戻ったんだ。凛さんたちにカードを渡しちゃったんですね」
「そ、それは…」
蓮の反応を楽しんでいたが、突然にんまりとあくどい笑みを浮かべると。
「悪い子には、お仕置きしないといけませんね」
「なんで、後ろ手にドアの鍵を閉めてるのですか――っっ!!??」
腹黒スイッチが入ったようだ。いつもならネアの〈キステラ〉でツッコミが入るところだが、肝心の彼女は行方知れず。
涙混じりの蓮の叫びが、むなしくも浴室にこだました。
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