ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 15:「生きろ!」〉
「!! アインさんっ!?」
とっさに蓮が目を伏せる。
止める間さえ与えず、アインの鉄拳が浅葱の左頬に炸裂していた。
荒れ狂う嵐が嘘のように、結界の内部だけがしんと静まり返った。
「自己犠牲だって? いい加減にしろよ。ベルカと蓮さんまで巻き込むなんて、そんなの絶対あんたの本意じゃない」
普段の飄々とした彼らしからぬ迫力。唇から滲む血をぬぐい睨み返す浅葱に、怒りのままに言い放った。
「あんたたちは、死ぬためにこの世界へ来たのか? このふたりやネアに、その責任を負わせるために?」
「…!」
「今消えたら、あんたたちのこれまでの年月って何だったんだよ。後悔と苦しみ、それだけか!? なら共存を選んだ意味なんて、最初からなかったんじゃないかっ…」
言い終える前に、浅葱の腕がアインの胸倉を掴みあげている。激しくぶつかり合う視線。
アインがふたりの過去を知るはずもない。しかし、だからこそ見えるものもある。
「あんたたちが共存を選んだのは、別れの日を待つためじゃない、共に生きるためだろうが。それなら最後まで、責任を持って生き抜け!!」
ぶつけられた真っ直ぐな言葉に、あの日の自分の想いが重なった。
罪に身を染め、肉体さえをも投げ出し――それでも彼女との刹那の平穏を願った。それは紛れもなく15年前の自分自身なのだ。そして、今もなお。
「…オメーにもいんのか、神に背いてでも守りてぇと思うような、特別な存在がよ」
ふいの問いに面食らうが。
「…まぁな」
「ふん、上等だ。おかげで目が覚めたぜ」
軽く繰り出された拳を、アインが手のひらで受け止める。
「な、なんなんや…??」
「たぶん、男同士の友情は殴り合うことで生まれるっていう基本的な誤解が、この世界の根底にあるんでしょうね」
冷静にツッコむクリン。果たして誤解しているのはネアなのか、それとも。
「方法はあるかも知れません」
思わぬ台詞。賭けみたいなものですけど、と前置きし、クリンがつづける。
「今ここでふたりの魂を融合させることはできなくても、鏡に代わる別の容れ物に、彼女を移し替えることならできるんじゃないかな」
「せやけど、移った先でまた暴走するだけとちゃうか?」
「させませんよ。アサギが常に目を光らせておける物に封印するんです。たとえば、そのロザリオとか」
浅葱の胸元にかけられた、十字のペンダントを指す。洗礼を受けた際神父から授かり、肌身離さず身につけていたもの。お守り代わりといってよい。
「たしかにな、これなら最適だ」
しかし、そううまく事が運ぶのか。
魂を扱うエクソシストとしての能力には自信があるが、それは対象が生者、生物であればこそ。無機質な鏡やペンダントに魂を宿らせた事例など、聞いたこともない。
躊躇するようにロザリオを握り締めたとき――。
「ま、アサギにそこまでの〈力〉がないっていうなら別だけど?」
「あぁ!? やるに決まってんだろーが!」
条件反射のように凄む浅葱。挑発と気づいたときにはもう遅い。
「…てめぇクリン、元の世界に戻ったら覚えてやがれ」
「んー、どうかな。デリラさんが止めてくれると思うけど」
嬉しげに肩をすくめるその横っ腹に、脈絡もなく強烈な飛び蹴りが食らわされた。
結界をぶち破り吹っ飛んでいく剣士を見送り、華麗に床に降り立つベルカ。
「かっこつけとる場合か! アサギもやるなら早よせんかい!」
「ネアがいねぇと思ってうかうかしてらんねーな…」
冥福を祈るように十字を切ると、鏡に向き直った。
まっすぐこちらを見つめるデリラの姿。それは、彼に対する全幅の信頼の証。
生きるも死ぬも一緒なら――。
「俺は、あんたと生きるぜ!」
かざした右の手のひらに、再び聖なる力が集約される。それは、今までとは比べ物にならないほどの洗練された強大な力。
「ほな、ウチらも行くで、蓮!」
「がってんなのです、ベルカさん!」
鋭く地面を蹴り、ふたりが結界の外へ飛び出した。助走をつけ、客席の椅子を踏み台にし、ベルカの姿がはるか上空へと舞い上がる。
「どっせぇぇぇ―――い!!」
気合いとともに、舞台一面に広がった巨大な鏡面へと大剣を突き立てる。はじけ飛ぶ破片と、噴き出してくる異質な空気。
『……っ!』
憑り処を失ったデリラの魂が、鏡の世界からはじき出される。
天へと昇る道すら示されず、苦しさに表情を歪めた、そのとき――。
ふわりと、広い胸に引き寄せられた。ひどく懐かしい、遠い故郷の風に抱かれている感覚。
『…浅葱』
「わかったんだ」
表情を見られるのが照れ臭いのか、彼女の頭に顎を乗せたままささやく。
「怖ぇのは、いつか訪れる別れじゃねぇ。今回みてぇに、記憶を失くしてあんたと過ごしてきた日々を忘れちまうことのほうが、よっぽど…」
デリラが身体を離す。目をそらしたままの浅葱に、ふっと大人びた笑みを浮かべると。
『んまっ、バカねぇ。心配しなくても、あたしたちの存在は、クリンやネアがしっかり覚えててくれてるでしょ?』
子どもにするように彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。
『さ、ネアを迎えにいきましょ』
「…ああ」
ふたりの身体を青い光が包み込んだ。これからもゆるやかにつづいてゆく、平穏な未来を約束するように。
デリラの身体の輪郭が、奇跡のように少しずつ薄くなり――やがて光は、ロザリオの内部へと吸い込まれていった。
彼らの『現在』に、不思議の余韻と確かな変化とを残して。
次に皆がまぶたを上げたとき、そこはすでに元の更衣室の風景へと戻っていた。
吹き飛ばされた拍子にぶつけた背中をさするベルカと、無事デリラのカードを受け止めた蓮、影ながら彼女たちをサポートしていたアインとクリン。
そして。
若き日の青年・浅葱の外見から、雄々しき年輪を刻んだ本来の姿へと戻った、
巨漢の荒僧侶の姿が、そこにあった。
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