ダンジョン・コンツェルト ― EXTRA STAGE ―〈Chapter 0〉

ダンジョン・コンツェルト ― EXTRA STAGE ―

 

〈Chapter 0:ひみつ〉

 まだ日は高いというのに薄暗い部屋の中。

「うっ…うっ…。痛いよぅ、うぁぁん…!」
 ベッドの上で年の頃7、8歳の少女が泣き叫んでいる。その右脚には一面に、黒い紋様のような禍々しい痣が浮かび上がっていた。

「これはやっかいね」

 神妙な面持ちで見下ろすのは、黒髪のマッチョ僧侶サムソン。
 女のような口調ではあるが、れっきとした男。上品な紫色の僧衣の上からでも、鍛え上げられた強靭な肉体が見て取れる。

 部屋の隅で見守っていた少女の母親がすすり泣きながら答えた。
「お医者さまにも、手に負えないと言われて…」
「ん~、でしょうね。これは痣なんかじゃない、妖魔が取り憑いてるんですもの」

 サムソンは少女の脚に右手をかざすと、そっと左手を添えた。
「早いとこ浄化しちゃうわよ」

 大きな手のひらに、聖なる力が集約される。青白い光が、痛みにもがく少女の脚を包み込んだ。

「邪悪なる呪いよ、消え去れ!」

 黒い紋様が、まるで生き物のように波立ったかと思うと。見る間に邪悪な形相のトカゲへと姿を変える。

 あまりの光景に腰を抜かす少女の母親。と、その隙を見た妖魔の赤い両目が、今度は彼女の姿を捉えた。

 嘲笑うように細い舌をチロチロと出し入れしたと思うと。
 ものすごいジャンプ力で、彼女めがけて跳躍した――。

「ひぃっ!」
 絶望に瞼を閉じた、その瞬間。

「伏せて!」
 闇を切り裂くような声。恐る恐る見上げた瞳に映ったのは、彼女をかばうように立ちはだかった、はちみつ色の髪の少年。

「エナジードレイン!」

 言い放つと同時に、腰の剣を居合いで抜き放つと。巨大な黒トカゲは、まさに一刀の元に両断されていた。

 断末魔の叫びをあげながら、漆黒の霧と化す妖魔。
 少年の構える妖しく光る刃に吸い込まれたかと思うと、柄を伝って彼自身の身体の内部へと流れ込んでいった――。

 少年の名は、クリン。サムソンの相棒の剣士。
 若草色の甲冑を身にまとい、手には細身の剣。幼さの残る顔立ちは、まるでいたいけな少女のよう。

 しかし今、その瞳は切なげに潤み、頬は桜色に上気している。剣を鞘に戻すと、サムソンに駆け寄り僧衣に掴みかかった。

「ひどいよ、僕をひとり置いていくなんて…」

 はぁ? とでも言いたげに口元を引きつらせるサムソン。クリンの長いまつげが揺れ、真珠のような涙がこぼれ落ちた。

「僕のそばにいて、一生守るって約束したのに!」
「誰が!! ってかあんた、勝手に話のジャンル変えてんじゃないわよっ!」
 ガチでビビるサムソンを横目に、目薬の容器をもてあそぶ小悪魔美少年。

 しかし、ボケの読めない少女の母親は(まぁ当然だが)愕然とした表情で後ずさった。

「まっ、まさか神に仕える僧侶さまが、こんないたいけな子どもを手篭めに…」
 ギリギリ、いや完全にアウトだ。

「誤解よぉ! 誰が好きこのんで、こんなドSな腹黒剣士!」
「対象が男ってところは否定しないわけ」
 冷ややかにツッコむクリン。顔面蒼白になった母親が、ものすごい力でふたりの首根っこを掴むと、ドアを開けて戸外へ放り出した。

「娘を救っていただき感謝いたします! 早々にお引き取りくださいっ!」
 バタン! と、家が揺らぐほどの勢いでドアが閉まった――。


「あんた、一体あたしに何の恨みがあんのよ」

 石畳の道を歩きながら、がしがしと頭を掻くサムソン。頭3つ分は違う長身の彼を見上げながら、クリンが楽しそうに答えた。

「別にー? こんな面白そうな仕事に一声かけてくれなかったからって、恨んでるわけじゃないよ?」
「…やっぱ恨んでんじゃない」

 ここは、王都の郊外の住宅街。
 教会より「妖魔に憑かれた少女を救うように」とのお達しを受けたサムソンが、単身〈浄化〉に向かっていたわけである。

「…知ってるでしょ、僕が魔物の〈エナジー〉を集めてること」

 ふいに真剣な眼差しでつぶやくクリン。
 その横顔を見つめ、ふっと目をそらすサムソン。

「…まぁね」

 先ほどクリンが見せた必殺技・エナジードレイン。
 それは、相手のエナジー、すなわち〈生命力〉を奪い、体内へ取り込み命の糧とする、禁忌の技だ。

 数千年もの昔――魔法大戦と呼ばれる、全世界を巻き込んだ戦争の折生み出されたとされる、古代魔法のひとつ。
 命を奪うというその凶悪性により、教会より発動を固く禁じられている。

 人は本来なら、鍛錬により体力を培い、信仰により魔力を蓄える。しかし、自然の摂理に逆らう方法で過剰なエナジーを摂取した場合、身体への負担は想像を絶するものとなる。

 肉体が砕け散るか、精神が破壊されるか――。

 しかしクリンは、この技を発動し続ける。貪るように、…焦るように。

 そんな彼の真の目的を知るのは、ともに死線を駆け、彼の複雑な生い立ちを知る、この相棒の荒僧侶のみ。

「前にも言ったけど、協力はできないわよ。教会に知れて、また除籍処分でも食らったら、たまったもんじゃないし」

「なんだよ、ケチ」
「んまっ! 真性腹黒のあんたにだけは、ケチとか言われたくないわよ!」

 ものすごい剣幕で反論するサムソンに、けらけらと目じりに涙さえ浮かべながら笑っているクリン。すでにいつもの、愛らしい少年の顔に戻っていた。

 そんな彼を見つめ、どこか悲しげな笑みを浮かべるサムソン。

 太陽は、すでに中天にさしかかっている。
 同じ太陽の下、同じ歩調で歩きながら。ふたりの道は決して交わることはない。

 各々、秘密や過去を胸に秘め――
 それでも、並んで歩き続けるのだろう。心が、同じ方向を向いている限りは。

「サムソンさん、クリンさんっ!」

 顔を上げると、道の向こうから、愛らしい水色のワンピースとカチューシャ、白いエプロンを纏った黒髪の少女が駆けてくる。

 言わずと知れた『始末屋』仲間――凛。世界制服を企むドラゴンに操られていたメイドだが、呪いから解放され、彼らの仲間に加わった。

 なにやら慌てた様子で、腕にかけたバスケットを振り回し、瞳は半泣きになっている。

「ネアさんが、ネアさんが大変ですわ~~!」

「ここにも事件発生、かな?」
「そのよーね」
 苦笑しながら顔を見合わせると、ふたりは凛に向かって大きく手を振った。

 新たな物語が始まる。

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