ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―
〈Chapter 2:狙いは凛? 女シーフの正体は〉
「それで、今回の依頼って?」
テーブルを囲み顔を付き合わせる、凛、クリン、サムソン。
ここは彼らの行きつけのバー『シュロス』。『始末屋』の集会所兼、情報収集場所だ。開店前の店は、夜の喧騒が嘘のように静まり返っている。
クリンの問いに、書状を開く凛。
「密入国者とみられる女シーフ(盗賊)が、現在王都に潜伏中。ただちに捕らえ、国外へ追放せよ! …だそうですわ」
カウンターの奥でグラスを磨いていたマスターが、興味深げにつぶやく。
「女シーフの噂なら、聞いたことがあるよ」
「あん、マスターってば情報早いじゃない♪」
顔の横で手を組み、身体をくねらせるサムソン。
「職業柄ね。なんでも、あこぎな商売で稼いでいる商家ばかりを狙って、戦利品を貧しい家庭の窓へ放り込んでいくとか。日本の言葉で言う、義賊ってやつだよ」
日本。
それは、遠い東の島国の名前。
絶大な権力を持つ将軍によって治められ、幕藩政治が布かれている。他国との交流を嫌い、200年ほど前から長らく鎖国状態らしい。
噂によれば、王都である江戸や地方の城下では、独特の島国文化が花開いているとか。
「んー、そのシーフって、日本からやってきた忍者だったりして?」
クリンが冗談で言ったのとほぼ同時に。
「まさか!」
勢いよく椅子の倒れる音。凛がテーブルに手を付き、青白い顔で立ち尽くしている。
「…いえ、きっと偶然ですわ。まさか彼女がこの国へ来るなんて」
「心当たりあるわけ?」
サムソンが問うが、凛の挙動は落ち着かない。
と。
「その勘、あながち間違ってないかも」
つぶやいたクリンの手には、小さな一片の紙切れ。
「封筒の奥に入ってました」
その紙面に、流麗な筆文字で書かれていた言葉は、皆の予感を確信に変えるのに充分な内容だった。
『始末屋 各位
今宵、我が妹・凛をいただきにあがります。 ――花房組 頭領 蘭』
その頃――。
王都から遠く離れた街の一角にて。鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩くネアの姿があった。
肩にかけた布製のエコバッグの中には、高価なベルベットのローブ、魔法薬作りに使う怪しげなモンスターの尻尾など、大量の荷物が詰め込まれている。
「ん~♪ やっぱりストレス解消には衝動買いよね」
姿を消して3日。久しぶりの一人身(?)の生活を楽しんでいたようだ。
そんなネアの耳に、小声でひそひそと話す声が。
「あ! あの女魔法使いだよ」
「『セール会場荒らしのネア』っていったら、この国じゃ名が知れてるよな」
「坊や、目を合わすんじゃありません」
「あたしは盗賊か化け物か!」
往来の真ん中でブチ切れるネアに、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく人々。
「んもぅ。この美貌と魔力以外で有名になるなんて、心外だわ」
両手を腰に当て頬を膨らませている彼女の背後から、声が響く。
「あ…あなたが魔法使いのネアさんなのですか!?」
「ん?」
振り返ると、年の頃7、8歳と見える少女が、人込みにつぶされながらこちらへ駆けてきた。
膝上丈の桃色の忍び装束をまとい、脚には脚絆とぞうり、背には小さな風呂敷包み。
肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、幼さを強調する、さくらんぼのような大きな赤い髪飾りが映えている。
「あんた忍者? この国じゃ珍しいわね」
「あ、はい。忍者なのです♪」
にっこりと小首をかしげる少女。噂に聞く「闇に生き、闇に消える」的な印象とは程遠い。
「あ~よかった! 国中のセール会場を荒らしまわっているという噂を聞いて、張り込んでた甲斐があったのですよ」
「いっぺん、死んでみる?」
声のトーンを半音上げ、背筋も凍るような形相で凄むネア。しかし、少女の至福の表情を見ていると、気がそがれてしまう。
「凛ねえさまの行方を知っている、『始末屋』さんですよね?」
「…あんた、凛の妹?」
「はい。僕の名前は、蓮(れん)というのです。妹なのですよ」
胸の前できゅっと両手を組む蓮。
「僕と凛ねえさまは、日本の首都・江戸を離れて、半年近く放浪の旅をしていたのです。でも、途中ではぐれてしまって…」
涙ぐみ、ぐすっと鼻をすすり上げる。
まさか、凛に妹がいたとは。おそらく凛がドラゴンに拉致されたとき、生き別れになったのだろう。
「でも、つい数日前、大変なうわさを耳にしたのですよ~っ」
「落ち着いて話しなさいよっ」
「長女の蘭ねえさまが、この国へやってきたそうなのです。…一族を裏切った僕たちを、殺すために」
「なんですって!?」
一族を裏切ったとは、何やら深い事情があるようだが。物騒な展開に、さすがのネアも目を見張る。
「詳しい話はあと! 王都へ戻るわよっ!」
エコバッグの奥にしまいこんでいた杖〈キステラ〉を引っ張り出すと、天高くかかげた。水晶球から白い霧が降り注ぎ、ネアとの蓮の身体を球状に包み込む。
その球体が、一瞬凄まじい光を発すると――
2人の姿は、忽然とその場から消え去っていた。
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