ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―
〈Chapter 3:花房お蘭登場! 風に散る姉妹の絆…〉
頭上から落ちた雫が、水面に小さな波紋を描く。
ここは、かつてネアたちが死闘を繰り広げたダンジョンの奥深く。ドラゴンが巣を構えていたこの場所には、湧き出る清水が小さな湖をつくっている。
そのほとりで、ひとりたたずむ凛。
「ここなら、どなたにもご迷惑をかけることはありませんわね」
女シーフの正体は、凛の姉・蘭。
蘭は、凛が『始末屋』の仲間になっていることを知っていた。あのままでは、『シュロス』に直接襲撃を受けていたかもしれない。
「自分の片は、自分でつけますわ」
「――すっかり腹ぁ決めてんじゃないか」
「!」
振り返った先。巨大な岩の上に、小さな人影が映る。相手の持つたいまつの火の逆光で、その表情は見えない。
「よく、わたくしの消息をつかめましたわね」
「忍びの情報網は、伊達じゃぁないからね。あんたもくノ一の端くれなら、わかるだろ」
「ええ…。わかっておりましたわ、蘭。一族を離れたあの日から…」
凛の表情が、鋭く引き締まる。
「いつか、あなたと戦わねばならないことを!」
たいまつの火が掻き消える。同時に、地面にボールのようなものが投げつけられ、白煙が辺りを覆った。
「煙幕…」
とっさに、ガーターベルトの中に潜ませていた小型の銃を構える凛。じっと気配を探る。
「そこですわ!」
振り返り銃口を向けた、そのすぐ目前に、蘭の姿が風のように迫っている。
膝丈の紺色の忍び装束をまとい、顔は頭巾に覆われ見えない。重々しい鉄の手裏剣を、まさに投じんと振りかぶる。
凛は、引き金にかけた指に力を込めた。
(蘭っ…!!)
乾いた銃声と、激しい金属音が響いた――。直撃すれば、どちらも致命傷は免れない距離。
「………」
何の痛みも感じないのは、すでに身体が麻痺してしまっているからだろうか?
恐る恐るまぶたを上げた、凛の瞳に映ったのは。
「……クリンさん、サムソンさんっ!」
凛と蘭の対峙する、ちょうど中間の位置に、背中合わせで立つふたりの男たち。それは凛のよく見知った、美少年剣士クリンと、巨漢の荒僧侶サムソンの姿だった。
クリンの剣ではじき飛ばされた手裏剣は、無残に折れて地面に突き刺さり、凛の放った弾丸は、防御魔法を込めたサムソンの右の手のひらに収まっている。
「やっぱり、感動の再会ってわけじゃなかったんですね」
「姉妹同士で殺し合うなんて、神をも恐れぬ暴挙だわ」
振り向く3人の目の前で、蘭のまとう紺色の頭巾がはずれ、はらりと地面に落ちた。豊かな黒髪がこぼれ、風に揺れる。
その顔は――まさに凛と瓜二つ。
「双子!?」
「そうさ。あたしと凛は、一卵性の双生児」
蘭の表情が、妖艶に崩れる。顔の造りは同じでも、性格の差でここまで印象が変わるものなのか。
「一応、名乗らせてもらうよ。――遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!」
どこからやってきたのか、背後では黒子が一心不乱に鼓を打ち鳴らしている。まるで歌舞伎の一シーン。
「義賊『花房組』頭領、花房お蘭たぁ、このあたしのことさ! って……あ、あれ?」
颯爽と見得を切った蘭だったが、観客であるはずの凛たちの姿がない。
きょろきょろと見渡すと、少し離れた場所で、クリンとサムソンが凛に駆け寄り安否を確認している。
「ちょいと! 無視すんじゃないよ!」
思いきりギャグ顔になって抗議する蘭を軽くスルーし、話を進める3人。
「おふたりとも、どうしてここに?」
「やだなぁ。僕たちが、女性をみすみす危険な目に遭わせるような男に見えます?」
クリンが凛の手から銃をはずし、宙へ放る。受け止めたそれを真っ二つにへし折り、小さく息をつくサムソン。
「詳しい事情はわかんないけど。あんたに何かあったら、ネアも悲しむ」
背後では蘭が、無視された悔しさと恥ずかしさのあまり、黒子に当たり散らしている。
「さ、さすがのあたしも、3対1じゃ分が悪いねぇ…。出直させてもらうよ」
覚えといでっ! と、ゴテゴテの捨て台詞を残すと、蘭の姿は一瞬にして風の中に消えていた。
一方こちらは、構わず話を進めている3人。
「ネアさんは…悲しんではくれませんわよ」
凛が自嘲するようにつぶやく。
「本当はわかってますの…。ネアさんが姿を消したのは、わたくしのせい。あの方の気持ちも考えず、酷いことをしたから…。もう嫌われてしまいましたのよ」
「…ばかっ!」
凛の言葉を遮るように、背後から声が響く。
そこにいるのは、失踪したはずのネア。風雲急を告げる蓮の登場に、王都へ引き返していたのだ。
「ネア!」
「ネアさん、いつの間に」
サムソンとクリンの声には答えず、つかつかと凛に歩み寄る。この展開なら、〈キステラ〉の水晶球で一撃を喰らうのが常だが。
――ぱしっ
響いたのは、乾いた音。徐々に火照ってくる右頬を押さえながら、子うさぎのような目で見つめ返す凛。
「あたしの許可もなく相討ちなんかしたら、許さないんだから」
「ね…ネアさ…」
「…嫌ってなんか、ないわよっ!」
照れたようにそっぽを向くネアに、凛の表情がみるみる崩れていく。真珠のような大粒の涙が、ぼろぼろと頬を伝っていった。
「ふぇぇ~~ん! 怖かったです、ネアさん! まさか、蘭と、蘭と殺し合うなんて、わたくし…!」
ネアの胸に飛び込み、しゃっくりをあげる凛。ネアがその綺麗な黒髪を優しくなでる。
見守るクリンとサムソンの表情にも、ようやく安堵が見えたようだった。
…一方。
「あの~、凛ねえさま。僕も久しぶりの再会なのですよ…?」
遠くのほうで指をくわえ、だばだばと滝のような涙を流している、こちらもすっかり忘れ去られた蓮の姿があった。
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