ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―
〈Chapter 6:ひみつの欠片…動き出す心〉
傍らで崩れた小石が、パラパラと奈落の底へと落ちてゆく。
打ち付けたはずの背中に、痛みではなく不思議な温かさを感じ、蓮はまぶたを上げた。
「ほぁぁぁ…んぎゃっ!?」
我も忘れて跳ね起きる。
それまで自分がすっぽりと収まっていた場所には、眠り姫のように横たわる、はちみつ色の髪の少年の腕。
(び…びっくりしたのです…)
落とし穴からの落下の最中、蓮の懐からこぼれた忍び熊手をクリンがとっさに投じ、それが岩肌の隙間に引っかかった。そのまま彼女を抱え、横穴へと飛び込んだのである。
ここは奈落の点検用の通路らしく、奥には階上へとつづくはしごが見える。間一髪、底で串刺しの刑は免れたようだ。
寝息すらたてず横たわるクリンの顔を覗き込み、思わず息をつく蓮。
(…きれいな男の人…)
生まれてこの方、艶なる美貌と絶妙な誘い文句で数多の男性たちを虜にしてきた、魔性の7歳児であるが。こんな美しい少年を間近で見るのは、生まれて初めてのこと。
近づこうと身を乗り出したその時、前触れもなく彼の人の瞳が見開かれる。
「!」
身動きが取れない。2つの珠玉の宝石は、いつもの深い碧色ではない、捉えどころのない虹色に煌めいている。
美しさに魅入られ、小さく喉を鳴らす蓮。
『…エナジーに満ち溢れた、若い魂…』
いつものクリンの声ではない。
白くて細い指を伸ばし、蓮の首を引き寄せると、襟元から覗く小さな鎖骨を舌先でなぞった。
『……おいしそう』
「ひっ…!? ほぁぎゃぁぁぁ!!!」
奇声を発し、クリンのみぞおちに拳を叩き込む。修行で鍛えられた腕力に、さらに鉄製の手甲をはめているため、凄まじい破壊力だ。
吹っ飛ばされた当人は、たった今目が覚めたかのようにきょとんとまつげを瞬(しばた)かせている。
「いたたた…。僕、一体何を…?」
瞳も声も、いつもの彼のもの。
装束の襟元を押さえ涙目で飛びずさっている蓮の姿に、何か重大なことをやらかしてしまったと察し、頭を抱えるクリン。
「うわ、最悪…。女性を助けられなかった上、一緒に落ちて気絶するなんて」
潔く頭を下げる。
「すみません、蓮さんっ」
「…いえ、僕が助けてもらったお礼を言わなきゃなのですけど…」
しっくりこない。先ほどの魔性のような彼はどこへいったのか。それとも幻を見ただけなのか。
「ん~、こんなに力が出ないなんて。栄養不足かな」
「『えなじー』不足ですか?」
聞き慣れない単語を思い出し、何気なく問う蓮。立ち上がろうとしていたクリンの動きが止まる。…しばしの沈黙の後。
「それは、秘密です」
どこかで聞いたことのある決めゼリフを盗用し、ニヤリと笑むクリン。
うまくはぐらかされた気もするが…今は、一刻も早く凛たちに合流するのが先決。
「急ぎましょう。皆が最上階へたどり着く前に」
「はい、なのですっ!」
気合いも新たに、通路の奥へと駆けていくふたりだった。
可憐な小悪魔少年の内に秘められた謎。その片鱗を蓮が感じ取ったのは、ほんの小さな偶然から――。
全貌が明かされる日は、未だ遠い未来のことだ。
その頃、屋敷の上層階では。
「イヤぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声をあげながら全力疾走している、凛、ネア、サムソンの3人。その背後を追いかけるように、天井が次々と落下していく。
最初は何気ないきっかけから。偶然足を踏み入れた座敷の畳がスイッチだったらしく、轟音とともに天井が近づいた。
「吊り天井ですわっ! 避けてください!」
凛の声に、すんでのところで隣室へなだれ込んだが、またしても足元から響く「カチッ」という作動音。逃げては潰されかけ、また逃げ…。ひたすら駆け抜ける姿は、どこぞのゲームの超兄弟もびっくりだ。
「ふたりとも、左へ飛ぶわよっ!」
手のひらに集約した〈力〉を飛ばし、障子を破るサムソン。全員が廊下へと飛び出したその直後、轟音とともに部屋は潰れ去った。
「危うく、ぺちゃんこの二次元にされるとこだったわね…」
「もともと二次元ですわよ、ネアさん」
何はともあれ、一気に屋敷の最奥へ踏み込んだのは確か。
目の前には、天守――最上階へとつづく階段が、おどろおどろしくそびえている。
「ついに、たどり着きましたのね」
ごくりと喉を鳴らす凛。ここから先は、わずかの隙が命取りとなる。一挙手一投足に気を配り、確実に進まねば……。
「あん、凛ってばどーしたのよ! 早くいらっしゃいよぉ」
艶っぽいオカマ声に顔を上げれば、われ先にと階段を駆け上り、手を振っているサムソンとネアの姿が。
「おふたりとも…学習されてます?」
うなだれる凛の耳に、空しく響く罠の作動音。階段の板がぐるりと回転し、急な坂道へと変化した。
「っ!?」
ネアはとっさに階下へと飛び降りたが、ほぼ上りきろうとしていたサムソンは、なぜかアニメの1シーンのように手足を空回りさせている。
「この坂、滑るわよぉぉぉ!!」
見事なまでに磨き上げられた床板。ついにバランスを崩し、豪快に転がり落ちた着地点には、悪夢のような漆黒の奈落が口を開けている。
「アイヤ――――!!」
香港映画を思わせる叫びとともに、巨漢のチャイナガールは闇へと吸い込まれていった。
こだまする声を聞きながら、神妙な顔でつぶやくネア。
「なんでかしら…状況は蓮やクリンと同じなのに、全く緊張感がないのよね」
「まぁ、お約束というか…」
筋書き通りの展開に、とりあえず苦笑しておくことにする凛だった。
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