ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―
〈Chapter 8:蓮、覚醒! 光の中で見たものは〉
「今、蘭ねえさまの声が!」
奈落の横穴から脱出し、凛たちを追っていた蓮とクリン。屋敷中に響いた蘭の悲痛な叫びは、ふたりの耳にも届いていた。
廊下に開く大穴と、坂道と化した階段を軽く飛び越え、最上階へと急行する。そこでふたりが見たものは。
「…ネアさん!」
血まみれになり、畳に横たわるネアの姿。
クリンが駆け寄り抱き起こす。深紅のローブは無残にも切り裂かれているが、血の割に傷は浅い。辺りには、凛の銃と血塗られた短刀が転がっている。
部屋の奥には、金屏風を背に優雅にたたずむ蘭と、傍らにひざまずき蘭の手の甲に唇を寄せている凛の姿。
「ひと足遅かったね。凛は、連れ帰らせてもらうよ」
「…そんな空ろな目をさせたままですか?」
ネアの身体を蓮に預けると、剣の柄に手をかけるクリン。彼もまた、操られていた凛の目を知っている。
「理由はどうあれ、ネアさんを傷つけた者は、この剣の錆になってもらいます」
抜き放ち、正眼に構える。空気を震わせるほどの殺気が、蘭の身体を取り巻く。
しかし。
「待ってください、なのです」
背後から響く声。
「…すみません、蓮さん。いくらきみのお姉さんでも」
「いえ」
振り向いた途端、蓮の凄まじい形相に不覚にも硬直するクリン。
「…ここからは、僕のターンなのですよ」
「まさか! やめな、蓮っ!」
慌てたように蘭が叫ぶ。ここまで顔色を変えるとは、蓮は何をしようとしているのか。
「もう、うんざりなのですよ…。ねえさま同士が殺し合って、一族と関わりのない人たちにまで迷惑をかけるなんて…。全部、僕が終わらせるのです!」
鋭く言い放つと、蓮は髪のさくらんぼのような大きな飾りに手をかけ、それを引きちぎる。
刹那――世界を呑み込むかのような強烈な光の渦が、蓮の身体から溢れ出した。
「れ、蓮さん…!?」
眩しさに後ずさるクリン。
光の中央に、かすかに見える蓮の姿。その輪郭が、少しずつ変化する。短く愛らしかった腕と脚は奇跡のように伸び、子どもらしい小柄な身長はその高さを増し。
広い肩幅と、程よく筋肉のついた、神々しいほどの大人の男の肉体へと変化した――。
「蓮さんが、男に変身…!?」
「んもぉ、鈍いわねぇ」
突然背後で響いたオカマ声に振り返る。そこには、奈落の底から魔法でいとも容易く生還したサムソンの姿。チャイナドレスは脱ぎ捨てたらしく、正装である紫色の僧衣を纏っている。
「あのコ、最初から男の子よぉ?」
数秒の、重い沈黙。
「えぇぇぇぇ―――っっ!!??」
素で絶叫するクリン。蓮が本当に男なのだとしたら…はっきり記憶にはないが、何かいろいろとやらかしてしまった感はある。
「ま、落ち込むのは後にしなさいよね、収集つかなくなるから」
「………」
何が? とツッコみたいが、あえて口に出さないのは作者への愛情か。傷ついた少年の心をよそに、無情にも物語は続く。
「ぁ……。れ、蓮…」
放心したようにへたり込む蘭。表情は恐怖に強張り、戦意すら喪失している。
目前には、着ていた装束が破れ去り一糸纏わぬ姿の蓮。輪郭はいまだ激しい光に縁取られ、直視することはできない。
『消えるのです、蘭ねえさま、凛ねえさま…』
寒気が走るようなテノールの美声。我に返ったときには、美しい弟の手が自分と凛の首筋にかかっている。
「ひっ…や、やめ…」
必死の懇願も空しく宙吊りにされる。今にも息が止まりそうだ。
蘭の両の瞳から、ガラス玉のような大粒の涙が溢れ出した。それは、ひどく純粋で濁りのない、彼女の魂の表れだった。
「お願い…凛だけは…、凛だけは殺さないどくれよ……」
意識を失いかけた、そのとき。高らかに耳に飛び込んだ声があった。
「邪悪なる魂よ、静まれ!!」
蓮の身体に激しい衝撃が走り、ふたりの首を捻る力が緩む。畳に落下しかけたところを、クリンが受け止めた。
さすがに一度には受け止められず、ほぼ下敷きになっただけだが。
ゆっくりと、攻撃を受けた方角へと身体を向ける蓮。そこには、右腕を真っ直ぐ前へと伸ばし左手を添えた、戦闘体勢のサムソンの姿。手のひらに集約した聖なる力を、蓮に向けて放ったのだ。
「まったく…危機一髪ね」
数秒遅ければ、首の骨が折れていた。一筋の冷や汗が額を伝う。
「いったい何だってのよ、あのコは!?」
桁外れの力を持て余しているようにしか見えない。その標的が蘭と凛なのであれば、もうただの姉妹のケンカで済む問題ではない。
咳き込みながらも必死で息を整える蘭。
彼女によって語られたのは、一族に語り継がれる伝説と、蓮の出生に関わる衝撃の事実だった。
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