ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―〈Chapter 9〉

ダンジョン・コンツェルト ― 潜入! 恐怖のカラクリ屋敷 ―

 

〈Chapter 9:鬼子伝説 明かされる蓮の過去〉

 7年前――江戸に拠点を置く忍びの一族の隠れ郷で、ひとりの赤子が生まれた。
 名は、サスケ。日輪に祝福されたかのような、玉のような男児。
 しかし一族には、古くから伝わる伝説があった。

 ――男児は凶兆をもたらす。

 古くから女系の一族であった花房家には、なぜか女ばかりが生まれた。
 男児を授かる確率は百年に一度。生まれながらに謎の〈力〉を持ち、その力ゆえに一族を破滅寸前まで追いやることもしばしばだった。

 ――不吉じゃ…。今回も、妖かしの力を持つ鬼子(おにご)に違いありませぬ。
 ――殺せ!

 苦渋の選択を迫られた母は、サスケを捨てたと見せかけ寺へ隠した。
 そしてほとぼりが冷めた頃、遠縁から引き取った養女と偽り、郷へと戻したのだった。

 やがて彼の中に生まれる、隠し通すことのできない〈力〉からは、目をそむけたままで――。


「ちょっと、どーいうことよ…。魔法が全く効かないなんて」

 息を荒げ、舌打ちするサムソン。怒れる魂を静める僧侶の魔法が効かないとあらば、他にどんな対処法があるというのか。
「最初に攻撃が当たったのは、ほんとにまぐれだったのね」

 目前には、いまだ激しい光に縁取られた蓮の姿。左胸の前にかざした手を、軽く横へ凪ぐ。
 と。

「――っ!」
 すんでのところで避けるサムソン。一瞬前までいた畳の上には、電流で焼き尽くされたような焦げ目の跡。凄まじい高温に、危うく鉄のように溶かされるところだ。
 圧倒的な力の差に、さすがの荒僧侶の背にも戦慄が走る。

「ぐすっ…。もうお終いさ! 蓮の力を止められる者なんて、この世には…」
 泣きじゃくる蘭。その取り乱し様を見れば、事の重大さは一目瞭然。彼女の言うように、蓮の暴走を止める手立てなど、この世には存在しないのだろう。

「…それは、違いますわ」
「…?」

 絶望の淵で。天からの光のように響いた声に顔を上げる。
 蘭の腕の中、慈しむように姉の頬に手を伸ばし、笑みを浮かべる凛の姿があった。先ほど首を絞められたショックで、呪術から開放されたのだ。

「止められなくても、止めなければならないのです」
「だけど、そのためにゃ…」

「…ええ。わたくしたちふたりの、全ての力…命を差し出さなければ無理でしょう」

 蘭が激しくしゃっくりをあげる。優しく髪を撫でる凛。

「あなたと一緒なら、怖くありませんわ。また生まれ変わっても、わたくしたち3人はきっと、仲の良い姉妹なのでしょうから…」
「凛…!」

 涙を拭うと、蘭は大きく頷いた。手を取り合い立ち上がると、今や日輪に縁取られた神のような、美しい弟の姿を見つめる。

 願わくば、残された大切な人たちが、行き場のない悲しみに暮れることが無きよう。

 深く息をつくと、溢れ来る光に向かい、ついに一歩を踏み出した――。

 そのときだった。

 ふたりの目前に、風のように立ちはだかった背中。若草色のマントに、ひとつにまとめられたはちみつ色の長髪が甘く揺れる。

「…クリンさん…」
 戸惑う蘭と凛に、首だけ回して振り返り、至福の表情で笑う美少年剣士。

「仲直りしてくれれば、それでいいんです」
 その笑顔は、純白の衣を纏った天使のようでもあり、弱き者の耳元で囁く非道な悪魔のようでもあり、ふたりの心を釘付けにする。

「あとは僕に任せて」
「だ、だけど…!」

 抗議しかけた蘭の言葉を、クリンが遮る。
「蘭さんも凛さんも、知らないんでしょ? 蓮さんのこの、類い稀なる〈力〉の正体」

 これまで気にも留めていなかった点を指摘され、口ごもる。

 その通りだ。伝説の力の正体を見極められなかったからこそ、持ち主であった男児はみな制御を失い、一族を破滅へと導いた。蓮の身体も、凛の開発した数々の制御装置で抑え付けるしか術がなかった。

「何なんですの、力の正体って」

「エナジー……〈生命力〉ですよ。…あぁ、本当においしそう」

 歌うようにつぶやかれる声は、得体の知れない恍惚感に満ちており、少女たちの身体の芯を乱暴に鷲掴む。

 と。クリンの姿がかき消える。次の瞬間には、目を覆うほどの眩しさを放つ蓮の前方1メートルの距離に、彼の姿が迫っていた。

『なっ…』
 光をも凌ぐ速さに、さすがに面食らいひるむ蓮。その隙をクリンは見逃さなかった。抜き放たれた剣が、魔物のような唸りを上げる。

「怖がらないで。痛いのは、最初だけですから…」
『――!!』

「エナジードレイン!」

 音もなく、しかし確実に、蓮の心臓へと突き立てられる刃。鮮血に彩られるはずの傷口からは、止め処ない〈力〉が溢れ出す。
 そしてその渦は、悪夢のように、剣の内部へと吸い込まれていく。

「ん…くぅっ」
 堪らず声をあげたのはクリンのほう。熱い命の激流が、剣を伝い、身体の芯の部分へと流れ込んでくる――。しびれるような快感に、切ない吐息が漏れる。
 心まで囚われそうになる直前、残る正気を振り切り、刃を蓮の心臓から抜き去った。

「クリンさん!」
「蓮っ!」

 こときれたように、畳の上へ崩れ落ちる。荒い息の下、クリンの腕の中で、奇跡のような蓮の光が少しずつ弱まっていく。

 その光が完全に消えたとき――。
 蓮の姿は、もとの愛らしい7歳の少年へと戻っていた。

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