ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 2:トランプの洗礼! 謎の帽子屋登場〉
「蓮ったら、冗談はやめてくださいな!」
轟々と風を切り、おかしな縦穴をまっ逆さまに落ちていく凛。くノ一の本能でトンボ返りをしていたが、とっくに目が回り諦めている。
「こうなったら…」
エプロンのポケットから、長さ30cmほどの白い棒を取り出す。先端には人間の手の形をしたメカらしき装置。
ぴょこぴょこ動くうさみみに照準を合わせる。
「わたくしの新作メカ、カラクリハンドですわっ!」
如意棒もびっくりの伸縮性で、棒がぐんぐん伸び始めた。自在に動くハンドが標的を捕らえる。
「んぎゃっ! い、痛いのです~!」
「えっ、あの耳本物…?」
必殺キックでハンドを粉砕すると、蓮は一気に底へと駆けていってしまった。脱兎のごとくとはこのことだ。
第一、なぜ蓮は姉である凛を知らないなどと言うのか。
先ほど引きちぎった髪飾りも、間違いなく凛の造ったエナジー制御装置だというのに。
(もし冗談でないなら…。何らかの理由で記憶をなくしている、ということですの?)
と。穴の底から突如強烈な竜巻が吹き上がる。
「きゃあっ!」
トランポリンに乗ったように、一気に真上へ跳ね飛ばされる。
回った視界に飛び込んだのは、世にも不思議な光景。
闇の中を舞い踊る無数の長方形のカード――トランプだ。吸い寄せられるように一ヶ所へ集まると、七並べのように整列する。
凛はひらりと身を翻し、器用にそこへ着地した。
「まるで、トランプ一枚一枚が意思を持っているようですわ…」
もう驚いている場合ではない。凛の常識では計り知れない力が、この穴の中では働いている。
赤と黒、対照的な2色に彩られたエースからキングまでのカードたち。だが何かが欠けている。
「スペード、クラブ、ダイヤ…。妙ですわね、ハートのカードが一枚もないなんて」
「ふふっ、ご名答」
「!」
どこからともなく声が響く。
「単純すぎることほど、気づくまでに意外と時間を要するものだがね。目の前のささやかな幸せに気づかず、必死で腕を伸ばす夢追い人のように――」
即興の詩か、さらに咳払いし大きく息を吸い込む。
「あぁ、今日はなんて素晴らしい日! 特別でも何でもなかったこの日が、君の来訪により、〈ワンダリンク〉に大きな変化のもたらされる重要な記念日となった――。何でもない日、万歳! ハッピー・アンバースデイ!」
「ちょ…ちょっと待ってくださいな!」
あわてて制止する。「声」の言うことは支離滅裂で、まったく理解できなかったからだ。
「あなたは誰ですの? それに〈ワンダリンク〉って…」
「おや、君はもうとっくにそこへ迷い込んでいるよ」
闇を潜り抜け、声の主が姿を現した。
「マスター!」
凛と同じくトランプの絨毯に乗っているのは、『始末屋』の集会所兼情報収集場所でもあるバー『シュロス』の店主だ。
人の良さそうな初老の紳士。タキシード姿はいつもどおりだが、今日は黒いシルクハットを被り、湯気の立つ紅茶の入ったカップ&ソーサーを手にしている。
「マスター? それは誰のことだい?」
小指を立て、紅茶をひと口含む。
「はじめまして、お嬢さん。僕の名はマッド・ハッター。そしてここは、ふたつの世界が交わる場所、〈ワンダリンク〉と呼ばれる不思議な世界だよ」
聞けば聞くほどおかしい話だ。またしても顔見知りの相手から初対面と言われ、ここが「世界の交わる場所」とは。
「よくわかりませんけど…。わたくし、ネアさんたちと待ち合わせをしておりますの。どうか元の世界へ戻る方法を教えてくださいな」
「ふむ。ならば、ハートのカードたちを探し、集めるといい」
「ハートのカード?」
突拍子もない話。しかしふと思い出し、足元に目を落とす。
「あ、そういえばハートだけが足りなかったような…」
「そのとおり」
シルクハットの縁に手をかけ、マスターは神妙にうなずく。
「どうやら君はトランプたちに好かれたようだ。君なら、邪悪な意思に囚われたハートの兵隊たちを解放し、女王を救い出すことができるかも知れない」
「女王…?」
つぶやきかけるが――ふいに激しい動悸に襲われ、凛はぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
「な、何ですの? 身体が熱いっ…」
身体の芯の部分から、濁流のように溢れてくる不思議な力。攻め立てられる苦しさに、涙が溢れ宙に散る。
「んっ……。あぁっ!」
それはまるで奇跡。凛の豊かな黒髪が、ほんの一瞬だけ、神々しいほどの黄金色に輝いたのだ。
「ゆっくり覚醒すればいいんだ――『アリス』。健闘を祈るよ…」
声が徐々に遠くなっていく。
「待ってください、マスター! いえ、帽子屋さんっ!」
腕を伸ばすが届くはずもない。
トランプたちがざわざわとうごめいたと思うと、砕けるように闇の彼方へ散り散りになってゆく。
足場をなくした凛は再び宙へ放り出され、悲鳴とともに穴の底へと落ちていった。
「――っ!」
投げ出されたような衝撃と、視界を包む真っ白な光。
恐る恐るまぶたを上げた凛の瞳に、見知らぬひとりの少女の姿が映った。
「怪我ないか、あんた?」
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