ワンダリンク・ランブル〈Chapter 8〉

ワンダリンク・ランブル

 

〈Chapter 8:三月ウサギと下克上〉

 降り注ぐ光の中、悠然とたたずむ神父。

「我が名は白(ハク)。この世界での通称は、チェスの『白の王様』でしたかな」

 名にふさわしく純白の僧衣をまとい、胸元には巨大な銀製のロザリオ。その身から発せられる神気は冷たく、まるで雪で造られた彫像だ。

「ほほう…。どなたかと思えば、我らが同志、白ウサギどのと三月ウサギどのではありませんか」

「待たんかい! 蓮はともかく、ウチのどこがウサギや!?」
 白を指差しベルカが凄む。他にもツッコむべき点はあるはずだが、本人にすれば勝手にキャラに合わない名で呼ばれたことこそ大問題だ。

 しかし反論するより早く、その身を異変が襲った。

「な、なんや…頭が熱い…っ」
「ベルカさん!?」

 浅葱の手を振り切り駆け寄る蓮。苦しげにうずくまるベルカの身体から、突如、目も眩むような強烈な光が発せられる。

「ふむ、まだ覚醒前だったようですな」

 顎をさする白と、眩しさに目を細めるふたりの前で、奇跡のように彼女の身体が浮き上がった。

 プラチナの髪をかき分けるように現れたのは――見紛うはずもない、柔らかな茶色の毛皮に覆われたふたつの長い耳。

 ふっと光が途切れ、床に叩きつけられそうになったところを浅葱が受け止めた。

「ベルカさん、しっかりしてくださいなのです!」
「心配ねぇ、気を失ってるだけだ」
 脈を確認し、安堵の息を漏らす。

 あどけないベルカの寝顔に映える、可憐なうさみみ。

「カードを持つ連中は、皆この世界独自のキャラクターとして覚醒させられる運命らしいからな…。このお嬢ちゃんの役は、『三月ウサギ』ってわけだ」
「! カードのことを知ってるのですか?」

 僧衣の内から探り出したカードに描かれた記号は、ハートの7。

「名乗るのが遅れたな。俺は、浅葱。この世界での名は、チェスの『赤の王様』だ」
「………」

 不敵な笑みは、紛れもない、蓮の知る『始末屋』の荒僧侶のもの。本人と歳は違えども、纏う雰囲気はそう変えられるものではない。

(これも、このおかしな世界が生み出した『不思議』のひとつなのでしょうか…)
 詮無い疑問を打ち払うように、蓮が大きく首を振る。

 『白の王様』白と、『赤の王様』浅葱。ふたりが相容れない存在であること、そしてカードを持つ兵隊たちだということは明らかだ。

「どうして、仲間同士でケンカをするのですか?」
 きゅっと拳を握り締める。

「僕たちは、ネアさん…女王様を探し出して、みんなで元の世界へ帰りたいだけなのです。おふたりとも、力を貸してくださいなのです!」

 偶然にも出会えた新たなる仲間たち。一刻も早く城へ向かい、凛やアインと合流しなければ――。

 しかし、肩をすくめ失笑する白。
「それは出来ない相談ですなぁ」
「なぜなのですか!?」

「この〈ワンダリンク〉は、ネア女王の強大な魔力によって創られた世界――」
「えっ…」

「創造主である女王がいなくなれば、この世界は崩壊し、住民たちは元いた世界へと送り返されることになるでしょうな。しかし、それでは困るのですよ」

 蓮がごくりと喉を鳴らす。神父の口からこぼれたのは、およそ聖職者のものとは思えない言葉だった。

「我ら兵隊たちがこのハートの国を乗っ取り、支配するためには」
「…!?」

 声も出せず立ち尽くす。国を乗っ取るとは、ネアを排斥し下克上を起こすということか。

 と、蓮の脳裏に、出会った直後の浅葱の台詞が甦った。

『――あの女王は利用されてるだけなんだ!』

 もしそれが真実だとしたら。

「あんたの考えてる通りだぜ」
 ベルカをかばいながら低く唸る浅葱。その眼差しはどこまでも熱く、揺るぎない。

「女王を傀儡として、自ら実権を握ろうとしてやがる…。こいつこそが、本当の黒幕だ!」

 蓮の中で、すべての糸が繋がった。

 この奇妙な世界を創ったのはネア。
 彼女たちの元の世界、ベルカたちの住む世界、並行するふたつの世界を魔力によって重ね合わせ〈ワンダリンク〉を生み出したのは、理由は不明だが紛れもない彼女の意思。

 時空の流れを捻じ曲げるなど大罪。賞金首として追っ手をかけられるのも当然だ。

 しかし今、その罪を利用し、生まれたばかりの〈ワンダリンク〉を手中に収めんとする者がいる。
 女王の懐刀であるはずの、兵隊の内乱によって。

「誤解しないでいただきたい。私はただの下僕…。新たにこの国を治めることになるのは、また別のお方ですよ」

 涼しい顔で笑う神父に、浅葱が詰め寄る。
「誰だそいつは!?」

「ハートの兵隊たちの最高位、Aのカードを持つ女性…」
「!」

 肌をも切り裂くような突風が押し寄せる。凍てつく神気が竜巻となり、白の身体を護るように吹き荒れる。

「さすがの私も、3対1では分が悪いですなぁ…。ここは退かせていただきます。城にてお待ちしておりますぞ…」

「待つのです、白っ!」
 蓮が投じた鎖がまも、むなしく空を切るのみ。聖母の姿を描いたステンドグラスを微塵に破り、神父の姿ははるか上空へ飛び去っていった。

 

 浅葱の張った結界の中。飛散する虹色の破片を仰ぎながら、蓮は遠く山の中腹にそびえる女王の城を見つめた。

 すでに城は敵の手に落ちたということか、それともスパイである何者かが潜入しているというのか。

「凛ねえさまたちが危ない…! お城へ急ぐのです!」

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