ワンダリンク・ランブル〈Chapter 10〉

ワンダリンク・ランブル

 

〈Chapter 10:ドードー鳥の災難〉

「どうなってるんだ…?」

 背後に人気がないことを確かめ、アインは再び鏡に向き直る。

 本来なら自分の姿が映るはずのその場所に、奇跡のようにたたずむ女。

 夕焼け色の長髪を高い位置で括り、腕や胸元にはきらびやかなアクセサリー。
 ボディラインを浮かび上がらせる金色(こんじき)のドレスを纏う姿は、照明を一身に浴びて立つ壇上の歌姫を思わせる。歳は20代後半か。

「あん、紅茶もしたたるいいオ・ト・コ♪ 服を見立ててもらいに来たんでしょ」
 値踏みするように這い回る視線に、本能的に後ずさる。肉食動物にでも狙われている感覚だ。

「…いいわ。その代わり、教えてちょうだい」
 ルージュに縁取られた唇をちろりと舐める。

「オトコの子が覚醒する瞬間って、どんな色っぽい表情になるのか…。ね、『ドードー』」
「っ!?」

 問い返すより早く、アインの身に異変が起こる。

(背中が、熱い…?)

 背負った巨大なハンマーの下、肩甲骨の辺りに激しい痛みが走る。秘められた力が目覚め、具現化する予兆。

「くっ…!」

 這い上がる悪寒が限界に達したとき、アインの纏う上着と甲冑が粉々にはじけ飛んだ。その背に奇跡のように広げられたのは、神々しいまでの純白の翼。
 堪えきれず床に崩れ落ちる。

「んまっ、まるで天使! 可愛いじゃない」

 満足げに笑む女に、息を整えながら問う。
「あ…あなたは一体…? それに、この姿は」

「カードを持つ者たちは、みんなこの世界独自のキャラクターとして覚醒させられる運命らしいの。あんたの役は『ドードー』ね」

 アインの脳裏を、うさみみやネコ耳を生やした奇妙な少年たちの姿がよぎる。彼らもこうして目覚めさせられたのだろう。

「あたしは、デリラ。王宮付きのスタイリストよ。この世界での名は『ハンプティ・ダンプティ』」
 胸元にカードを挟み、にんまりと笑む。描かれた記号はハートの8、兵隊の一員だ。

「オレはアイン。元の世界での職業はハンターだ」
 女性とみれば口説くのが礼儀というアインだが、彼女には鏡を通し心の内を見透かされているようで、身構える。

「さっきの歌声、プロの歌姫かと思ったぜ」
「いやん、わかるぅ!? あたし昔は歌手だったの、元の世界での話だけど♪」

「それが何故、鏡の中に」
 色っぽく身体をくねらせるデリラの表情に、ふいに斜がかかった。

「あ、いや…詮索するつもりは」
「んふっ、いいわよ。同じ兵隊同士、隠し事はなし」
 両手を心臓の上に当て、彼女は静かに語り始めた。

「あたしはね、ここで人を待ってるの。この世界に来る途中ではぐれてしまった…そうね、『半身』とでもいえる存在を」
「半身…?」
 表情がほころぶ。大切な誰かを想い胸をときめかせる、無垢な少女のように。

「あたしの生身の身体は、もう遠い昔に朽ち果てたの。ただ魂だけが、彼の魂の一部となって生きつづけてる」

 想いが旋律となり、アインの心に染みていく。彼女の言葉の意味の半分も理解できずとも、なぜか痛いほどに伝わった。

「あたしと彼は、ふたりでひとり。永遠じゃないけど、いつか、あたしの魂が再び天に呼ばれる日まで。あたしは彼の…浅葱の中に」

 ――アサギ。それが彼女の想い人の名。
 迷える魂を鏡の世界から連れ戻すことができる、唯一の存在なのかも知れない。

「ねぇアイン、こんな詩知ってるかしら?」
 ふいにつぶやき、息を吸い込む。

 ――ハンプティ・ダンプティは 塀の上
   ハンプティ・ダンプティは おっこちた
   王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
   ハンプティを元に 戻せなかった

「何かの謎かけか?」

「解釈の仕方は様々ね。だけどあたしは…失ったものは決して元の形には戻らない、だからこそ今目の前にあるものを大切にしろ、って意味だと思うわけ」
 鏡越しに向けられる真剣な眼差し。

「あんたにもあるでしょ、大切なものとか存在。たとえどんな世界へ行こうと、その気持ちだけは見失っちゃダメよ」

 アインの脳裏を、小柄な身体に似合わぬ大剣を手にモンスターを追いかける、男勝りの少女の姿が過ぎった。
 いつの間にか大きな存在になっていた、掛け替えのない相棒。

「…そうだな」
 カードを集めネアを見つけ出し、ふたりで元の世界へ戻る。それこそが今の自分に課せられた使命だ。

「さっ、昔話はここまで! あんたに似合いそうな衣装をリストアップしたから、サクサク探してきてちょうだい♪」
 紙片を向けるデリラの表情は、ふっ切れたように清々しかった。

「はいはい、かしこまりました、お嬢様」

 苦笑しながらリストに目を通す。その顔から見る見るうちに血の気が引いていった。

「――ま、『真っ赤な長髪のヅラ』? 『天使のリング』?? 行き先は『次界』…???」

 不安に潰されかけながら、純白の翼を羽ばたかせる聖天使。
 この後彼の身に世紀の劇的ビフォーアフターが訪れようとは、かのスーパーゼ○ス様にも予想し得ないことだった。

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