ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 11:失われた記憶…涙の池に映る過去〉
「ふぇっ……くちゅんっっ!!!」
普段のイメージを裏切る乙女全開のくしゃみとともに、飛び起きるベルカ。誰かが噂でもしているのか。
ごつごつした感触に目を開けると、筋肉質な背中の上に自分が担がれているのがわかる。
「なっ、なんや!? なんでウチ…」
「おぅ、気づいたか」
暴れるベルカを浅葱が床に降ろした。
あれから気を失ったままだった彼女を連れ、女王の城へ急行した蓮と浅葱。衛兵たちの目をかわし、すでに城内へと潜入していたのだ。
「ほぁぁ~っ! 心配したのですよ!」
涙ながらに蓮が飛びつく。
「まさかベルカさんがウサギになっちゃうなんて。でも、お揃いで嬉しいのです」
「…ウチが、なんやて」
「はい、三月ウサギさんなのです♪」
恐る恐る手を伸ばし頭を触る。そこには柔らかな毛皮に覆われたふたつの耳――。
「う……うがあああ!! なんやこれ!?」
「んぎゃっ!?」
マンガの一シーンのようにふたりの背後に雷が落ち、顔が劇画調に歪んだ。
「こないな姿になるんなら、メイド服着たほうがマシやった…もがっっ!?」
浅葱がふたりの口を塞ぎ、廊下の隅へ引っ張り込む。涙目寸前だ。
(オメーら、声でけぇんだよ! 敵に見つかんだろが!)
生真面目な彼にとって、破天荒なウサギたちとの道中は相当な心労である。
と、前触れもなく目の前の部屋から激しい爆発音が響いた。
「なっ、何だ!?」
『更衣室』と書かれたドアが吹き飛び、鮮やかな紙吹雪とともに廊下へ転がり出てくる男。
ピンクの布を全身に巻きつけたような服と、青い腰みの風の甲冑姿。燃え立つような真っ赤な長髪に、背には神々しいほどの純白の翼――。
ホログラムシールとしてウェハースチョコに同梱されていたとしたら、間違いなくレア物の部類に入るいでたちだ。
壁に激突し目を回しているその顔を覗き込み、ギョッとするベルカ。
「アインやないか!」
「…って、その声ベルカか?」
視界に舞う星を振り払えば、そこには目にもまぶしいうさみみをつけた相棒の姿。
氷点下の吹雪が駆け抜ける。変わり果てた互いの姿に言葉をなくすが。
「……ま、お互い様やな」
「……あぁ。深くは考えないほうがいい」
言葉少なに視線をそらし合う。今回の作者の暴走に付き合う決心がついたらしい。
「新顔が増えてるな。――オレはアイン、この世界での名は『ドードー』だ。連れが世話になった」
「浅葱だ。この世界では…」
「…って、アサギ!?」
思わず問い返す。
アインやベルカの国の言葉にはない独特な発音のその名は、間違いない、鏡の中の歌姫から聞かされたばかりのもの。
「こんな近くにいたのか…」
彼女が兵隊のひとりであることを考えれば、同じ世界から来た浅葱もまた、一員である可能性もあったのだ。
「あんたを待ってる人がいる。一緒に来てくれ」
アインの脳裏に、彼の話をしたときのデリラの眼差しが甦る。事情がわからない面々をよそに、神妙な表情で見つめ合うふたり。
やがて浅葱が目をそらす。
「…悪ぃな。俺には、この世界へ来る前の記憶がねぇ。覚えてたのは自分の名だけ…あとはすっぽり抜け落ちてやがった」
ふと思い出すベルカ。初めて浅葱と会ったとき、蓮は彼を知っているような口ぶりだった。おそらく浅葱は蓮たちと同じ世界から来た人間だろう。
そして、蓮が最初に姉である凛のことを忘れ去っていたように、浅葱もまた、この世界へ来る途中で大事な記憶を失くしてしまったのかも知れない。
「とにかく、一度デリラさんに会うんだ」
もちろん、彼女が鏡から出られなければカードを手に入れられないという単純な理由もある。
だが、理屈ではなく本能が告げていた。
「詳しいことは解らんが…。このままじゃ、彼女の魂は消えてしまうぜ!」
イケメン天使を送り出し、静寂を取り戻した部屋の中。
鏡越しに窓の外の風景を眺めながら、デリラは大きく伸びをした。
この世界へ来て、もうどれくらいの日数が経っただろう。
「…そろそろ限界かしらねぇ、あたし…」
独り言のようにつぶやくその表情は、意外にも清々しい。
ネアの魔力により〈ワンダリンク〉が創られたあの日。ふと目覚めたとき、デリラの魂はあるべき場所から解き放たれ、鏡の中へと宿っていた。
鏡面に映るのは、彼女がまだひとりの女性として、彼女の世界で生を送っていた頃の身体。二度と目にするはずのなかった過去の姿。
ここでは何もかもが自由だった。素敵な衣装を飽きるほど着て、大好きな歌を歌う。刺激はないが平穏な日々。
――すべてはネアが与えてくれたもの。ネア本人はそれに気づいているはずもないが。
「もう、いつ天に召されてもいいわね…」
「あなたらしくないですよ」
突然響く声に、びくんと肩を震わす。闇に目を凝らせば、ネアのもとへ戻ったはずのクリンの姿。
「あいつは必ず来ます。今は、記憶のほとんどがあなたの魂と一緒に抜け落ちてるから、あなたの存在自体を忘れ去ってますけど」
真っ直ぐな瞳は、怖いほどに真剣だ。
「15年前、僕に言ったこと忘れたんですか?」
それは、未だ語られたことのない過去。デリラと浅葱、そしてクリンを繋ぐ、悲しくも確かな絆。
「いつか再び天に呼ばれる、最後の瞬間まで…。あなたは、あいつと共に罪を背負っていくって。一緒に生きてくって言いましたよね?」
デリラの頬を、一筋の涙が伝った。
――あぁ。忘れてたのはあたしのほうね…
ぐっと顔を上げ、大きく息を吸い込む。
その唇から美しい旋律が溢れだした。彼女の清らかな魂の表れであるように。
――浅葱。いつだってあんたの存在こそが、あたしを輝かせるただひとつのスポットライトだったわ――。
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