ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 12:果てなき闇のその先に〉
遠い記憶。魂の底に深く焼きつけられた、ひとつのシーン。
それは古びた映写機で写されたセピア色の写真のように、せつなくも、決して消えることのない思い出。
『あ…さぎ…』
微かに開くことのできた唇から、鉄の味のする熱い液体がこぼれ落ちていった。
浅く小刻みな息の下、視界には重くよどんだ空と、腕の中の自分を見下ろす年若き男の僧侶。
『…んまっ、ばかねぇ…。そんな顔、しないの…』
自然に笑みが漏れた。
手を伸ばし触れた頬に、彼のものではない朱の染みが広がる。鮮やか過ぎるその色だけが、セピア色の世界に鮮烈な印象を刻む。
『…これから、は…、ずっと一緒…でしょ? 永遠じゃ、なくても…。あたしが再び、天に呼ばれる日が、来るまで…』
乱れた絹のドレスの胸部には、抉られたような凄惨な傷。
――すでに痛みは感じなかった。
『…お願い。…もう、離さないで…』
雨粒を感じ見上げれば、それは彼の頬を濡らす止め処ない涙。
抑えつづけた気持ちを解き放つように、抱きしめられる。
『…たとえ消えねぇ罪を背負おうとも…。あんたとなら、乗り越えていけるぜ』
静かな声音だった。
聖職者としてではない、ただ腕の中の愛だけを護りたいと願う、愚かなひとりの『人間』として。
視線が絡まり、唇がそっと触れ合った。
『これからは、ふたりでひとつの命だ…』
男の身体を、聖なる光が包み込んだ。横たわる彼女の傷に右手をかざし、軽く左手を添える。
炎のごとく揺らめく、ふたつの心臓。
『っ…!!』
彼女の身体が激しく仰け反り、こときれたように地面に崩れ落ちる。
炎がふわりと天へ舞い上がったとき、男が鋭く印を切った。
『仮の宿りを離れし魂よ。いまひとたびの鎖の契約のもと、我が身の内へと宿らん!』
雷鳴がとどろき、罪にまみれたふたりのシルエットを、薄闇の中にさらけ出した――。
それは、古の禁呪。
天上へ導かれしはずの魂を、呪縛により現世へと繋ぎ止め、あろうことか自らの肉体と融合させる。
人間の踏み込むことを許された領域を超えた、神への反逆行為――。
神の怒りに触れた者たちの末路は、『生きる』という地獄だった。
故郷を追われ、僧侶としての資格を剥奪され、事実を隠蔽しようとする教会からは次々と追っ手が差し向けられた。
道なき道を手探りで進んだ10年という歳月。悪夢にうなされ、己の正体すらも見失いかけた頃――。
流れ着いた王都で、彼らはひとりの少女と出会うことになる。
深き闇を灼熱の炎で薙ぎ払い、光の注ぐ地上への道を示した、真紅の髪の魔法使い。
『あたしの許可もなく自爆なんかしたら、許さないわよ!』
心の地下迷宮(ダンジョン)の先で、ひときわ輝いたその宝石こそが。
勝気で意地っ張りで、じつは誰より寂しがり屋な、ハートの女王の正体だった。
「一体、何が起こってるんだ…!?」
更衣室の前、吹き荒ぶ風に阻まれ後ずさるアイン。
浅葱ひとりを強引に部屋へ押し込んだ途端、遮断されるように結界が張られ、蓮・ベルカとともに締め出されたのだ。
「無事やろか、あいつ」
「彼女が危害を加えることはないと思うが…。ただ、この部屋の中は、こちらの世界とは切り離された異空間に変わってるな」
「…まずいですね」
近づく足音に振り返れば、神妙な表情で駆けつけるクリン。
先ほどまで中にいたはずだが、彼らが来る直前に部屋を離れていたようだ。
「鏡の向こうの世界が、膨張してます。このままじゃ、デリラさんを連れ出すどころか、あいつのほうが取り込まれる」
「そんな! どうにかならないのですか?」
しがみつく蓮から目をそらし、首を振る。
仮に自分と蓮のエナジーを発動させたとしても、不安定な〈ワンダリンク〉の中で力を制御しきれるとは限らない。最悪の場合、世界ごと吹き飛ばしてしまう恐れも――。
そのとき。
「いたっ!?」
「ほぁっ!?」
ふたりの背中に、強烈な平手打ちが喰らわされた。
涙目で振り返れば、仁王立ちになっているベルカと、止めようとした姿勢のまま苦笑するアイン。
「ウチらの存在、忘れ去られたら困るわ!」
心を射抜く、凛とした声音。
「そうだな。なんとなく解った気がするぜ、オレたちがこの世界へ呼ばれた理由」
言葉を継いだ相棒を振り返り、笑みを交わし合う。互いに武器を構えると、きょとんとしているふたりに向け、高らかに言い放った。
「あんたらとネアの、ヘンテコやけど熱っつい友情の物語を、最後まで見届ける…。それがウチらに与えられる、今回の〈狩り〉のいちばんの報酬やわ」
「…!」
「仲間やろ? ちょっとは頼らんかい!」
感極まって泣き出した蓮が、今や無二の友となったベルカに飛びつく。
その肩越しに、ふたつの視線がぶつかった。
キラキラと星を飛ばし、わざとらしいほど爽やかに笑むアイン。
両腕を組み、反抗期の中学生もびっくりの仏頂面のクリン。
こちらの長き冷戦にも、ついに決着がついたようだ。
「こっからは、ウチらのターンやな」
「主役の座はいただき、なのですっ♪」
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