ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 13:ハンプティの殻を破壊せよ〉
強力な結界をめぐらされ、異空間と化した部屋の前。
「まさか君と協力し合うことになるとはな」
「足引っ張らないでくださいよ? 好きこのんで男を助ける労力は持ち合わせてませんから」
身の丈ほどもあるハンマーを構えるアインと、隣で剣の柄に手をかけるクリン。
絵になる美形コンビだと互いに自覚済みなのは言うまでもない。
「ほな、行くで!」
ベルカの合図に、蓮が髪飾りをおもむろに引きちぎる。
「めたもるふぉーぜ!!」
小さな身体が黄金色の光を発し、奇跡のような大人の男の体躯へと変化した。〈ワンダリンク〉という特殊な世界の成せる業か、正気のままに力を操作できている。
「この姿は、長くは持たないのです。一気に結界をぶっちぎるのですよ」
蓮の全身から惜しげもなく放出される眩いエナジー――〈生命力〉。クリンの喉が小さく動く。
「…いくのですっ!」
左手を真横へと凪ぐ。電流のごとき閃光が走り、分厚い結界の表面が焼け焦げるように斬り裂かれた。
アインとクリンが床を蹴り、同時に武器を振り降ろす。ほころびを広げられ、ふたつの世界が混ざることを拒むようにせめぎ合った。
「アサギ! ……!?」
われ先に駆け込んだベルカが、はじかれたように目を見開いた。つづく3人も言葉を失う。
――誰が予想し得ただろう。そこにあるのはクローゼットやトルソーの並ぶ更衣室の風景ではなかった。
薄明かりの中に浮かび上がる、分厚い緞帳(どんちょう)に閉ざされた小さな舞台。
古ぼけた田舎の劇場を思わせる、懐かしい雰囲気が立ち込める。
幼女の姿に戻った蓮が、客席に駆け寄りきょろきょろと辺りを見渡した。
「どこなのですか、ここ…」
「たぶん、デリラさんの記憶が具現化された世界だと思います」
甲高いベルが鳴り、照明が少しずつ落とされていく。
ショーの幕開けだ。
ゆるやかに上がる緞帳の向こう、黄金色のドレスに身を包み現れた美しき歌姫の姿を、スポットライトが鮮やかに照らし出した。
――スーパー・トゥルーパー
今夜 グループ一の人気者と 照明はあたしをさがす
太陽のように輝き 最高の気分でいるあたしを
今夜 スーパー・トゥルーパーを照らす明かりに
目の前のものが見えなくなっても
悲しくはならない 大勢の観客のどこかに
愛するあなたが いてくれるから…
心の闇を洗い流すアルトの美声。力強くも切ない歌詞は、大切な人を待ちつづける彼女の想いそのものだ。
ふいに曲が止まり、スポットライトの光が途絶える。デリラが舞台面(ぶたいづら)に駆け寄った。
「お願い。あたしの…『ハンプティ・ダンプティ』の殻を壊して!」
見れば、舞台と客席とを遮る巨大な鏡面。すでに何倍もの大きさに拡大している。
「このままじゃ、あんたたちもこの〈ワンダリンク〉も、全てがこっちに吸い込まれるわ。その前に、はやく鏡を…」
「だが、鏡が割れたらあなたはどうなるんだ!?」
詰め寄るアイン。戸惑いに揺れるデリラの瞳が、全てを語るようにやわらかく細められる。
鏡面が大きく揺れ、彼女の身体を舞台奥へと突き飛ばした。
「ってか、アサギはどこ行ったんや!? よーわからんけど、この人を救えんのはあいつだけなんやろ」
彼女が浅葱を待っていたことはアインから聞かされたが、それ以上のことは誰も知らない。いや、知る者もいるが、今は言及すべき時ではないのだろう。
「あんのボケ! 見つけたらとっちめて…」
「…あぁん? 誰がボケだって?」
薄闇に響く、凄みの効いた声。
振り向いた先、客席の脇の通路に、若き巨漢の僧侶・浅葱の姿があった。
果てしなくシリアスな展開の中、ばつの悪そうにがしがしと頭を掻く。
「つーか、なんでオメーらまでこっちに来てんだよ…」
「なんやその言い草!? 助けに来たもんに言うセリフか!」
「ま、まあまあ…」
慌てて止めに入るアイン。
ベルカの怒りももっともだ。デリラの魂とこの世界、どちらが消えるかという瀬戸際に、悠長にどこをほっつき歩いていたのか。
突き刺さる視線に、諦めたように浅葱が語り出した。
「…思い出したぜ、俺がこの世界へ来るときに失くした全ての記憶。そして、大切な奴の存在もな」
視線がぶつかり、満足げに笑むクリン。彼らを繋ぐ絆のすべてが明らかにされるのは、未だ遠い先のこと。
「簡潔に言やぁ、俺とデリラの魂は、容れ物…身体を共有する存在だ。あいつの魂だけが、何らかの理由でこの身体を離れ、あの鏡に憑依した」
言葉を切り眉根を寄せる。
「だが、この世界じゃ、俺の使える僧侶としての力では、あいつの魂を再びこの身体へ融合させることはできねぇらしい」
「そんな! もう時間がないのですよ?」
蓮が必死にしがみつく。幼いなりに真剣にふたりを想う気持ちが伝わり、そっと彼女の頭を撫でる。
舞台に向き直ると、紫の僧衣をぐっと掴む。一瞬のためらいの後、ひと思いにそれを脱ぎ捨てた。
その下に纏っていたのは、まさかの純白のタキシード。胸ポケットには白い生花のバラが挿されている。
非常に爽やかな服装だが、しかし…。
「わかってんだよ、似合わねーのは!!」
あんぐりと口を開く面々に、逆ギレする浅葱。予測不可能な展開に、キレたいのはベルカたちのほうだ。
「…デリラ。聞こえるか?」
目も合わさず、鏡の中に呼びかけた。あまりにも不器用で幼すぎる態度、しかしそれこそが、無骨で生真面目な彼なりの愛情表現なのかもしれない。
「あんたも着ろよ。…そっちにあんだろ、15年前準備してた、あのウェディングドレスがよ」
鏡の奥から、彼女がハッと息を呑む気配が伝わった。
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