ワンダリンク・ランブル
〈Chapter 18:ワンダリンク・ランブル〉(最終話)
ふと見渡せば、真っ暗な闇の中にぽつんと立っている凛、ベルカ、アインの3人。
足元には、マスターの言った黄色いレンガの道が、左右二手に分かれて伸びている。おそらくこの道を行けば、それぞれの世界へと戻れるのだろう。
「………」
心を決め大きく息をつくと、凛はくるっとふたりを振り返った。
「ベルカさん、アインさん。たくさんお世話になりました」
寂しさを必死に隠したその表情に、ニカッと屈託のない笑みを返すベルカ。アインも感慨深げに腕組みする。
「こっちこそ、楽しかったで」
「ああ。たったの2日間のはずが、10ヶ月近くいた気もするしな」
作者には何気に痛いツッコミだ。
ふいに凛が髪の水色のカチューシャを外すと、ベルカの髪に差した。
「今度お会いするときは、一緒にメイド服を着ましょうね」
「…ま、そこまで言うなら考えといてもええで」
意外とまんざらでもない表情で、ベルカも自分のチョーカーを外し凛の首に着ける。
見つめ合うふたりの心に、数々の思い出が甦った。
出会ってすぐ、酒場の屋根を破壊し、用心棒の手から逃れるため逃げ惑ったこと。宿屋では一緒に露天風呂に浸かり、同じ部屋で眠ったこと。
おかしな世界で過ごした、本当におかしな2日間。
「よう、ベルカ、アイン!」
唐突に、頭上から声が降り注ぐ。
見上げれば、風もない漆黒の宙を悠々と航行する巨大な木製の船。その甲板からひとりの青年が手を振っている。
「ブルー!?」
「あんた、こんなとこで何しとんのや?」
どうやらベルカたちの仲間のようだ。
「あまりに遅いから迎えに来たぜ。この船なら、オレたちの世界までひとっ飛びだ」
「ってか、出番ないまま終わるんが嫌で、しゃしゃり出てきただけやろ」
「うぐっ…。ど、どーだっていいだろ! 乗るのか、乗らないのか!?」
下ろされた縄梯子に、ふたりが颯爽と飛び乗る。重々しい碇が引き上げられ、船は一気に上空へと舞い上がる。
駆け出した凛が、満面の笑みで手を振った。
「おふたりとも、末永くお幸せに~! お似合いのカップルですわよ~~!」
聞き捨てならない台詞に、甲板に登りついたベルカが真っ青になって叫ぶ。
「はぁ!? ちょい待てや、凛っ! あんたまさか、ずーっと誤解してたんやないやろな!?」
「お、おい、ベルカ!」
「嬢ちゃん、危ないだろ!」
身を乗り出すベルカを、アインとブルーが大慌てで引き止める。
「お元気で~~!」
「聞かんかい、人の話ぃ!」
響き渡る、悲喜こもごもの感情のこもった叫び声も。
やがて深い闇に呑み込まれ、ついには聞こえなくなった。
どこまでもどこまでも、凛はレンガの道を走っていった。ようやく闇の中にそびえるドアにたどりついたが、鍵がかかっているのかびくともしない。
鍵穴をのぞいてみる。と、そこには、バー『シュロス』のカウンターで気持ち良さそうにうたた寝をしているネアの姿が。
「ネアさん、起きてくださいな! 今日は皆さんとお出かけする日でしょう!」
必死で呼びかける凛。ネアの長いまつげが揺れ、微かにまぶたが押し上げられる。
「…いつも、あなたのことを想っていますわ」
語りかける声が、微かに震える。込み上げてくる悲しみの感情を、ひと思いに振り払うと――。
最高の笑顔で、叫んだ。
「たとえ生きる道は別れても…。わたくしたちは、いちばんの親友同士です!」
少しずつ風景の輪郭が薄くなり、扉もレンガの道も凛自身の身体も、
すべてが霧のように消え去っていった……。
「ネアさん! 起きてください、ネアさんってば!」
「ん……」
頬に当たる冷たいテーブルの感触に、一気に意識が呼び戻される。
まぶたを上げたネアと目が合った瞬間、 なにか恐ろしい過去を思い出したように真っ青な顔で飛びずさる凛。
「ふ、ふぇぇんっ、ごめんなさい! もうケンカはしませんから、魔物にだけは食べさせないでぇ~~! いやぁぁっ!」
「ちょ、凛さん!?」
「あんた、落ち着きなさいよぉ!」
背後からクリンとサムソンがふたりがかりで羽交い絞めにする。
そんな仲間たちの姿に一瞬、豊かな金髪と、ネコ耳としっぽ、若き青年僧侶の影が重なり、思わず身を乗り出すネア。
しかし影は、窓から差し込む朝日の中に霞のように消えていく。
「えっ? …あたし…?」
永い永い夢をみていた気がする。よく思い出せないけれど、とても奇妙で、切なくて、涙が溢れそうになるほどあたたかな夢。
ちょうどカウンターから見た目線の高さ、凛の首には、黄金のバンドに小さな宝石の付いたチョーカー。
ハッとして見上げれば、いつも髪につけているはずの水色のカチューシャが見当たらない。
「どうしましたの、ネアさん?」
「………」
優しく語りかける凛の顔を、ネアはしばし呆然と眺めていたが。
すべての謎を振り払うように、ふ、と小さく笑うと。
「――なんでもない。そろそろ出かけましょっか」
勢いよくカウンターから立ち上がった。おかしな夢の余韻を、心の奥底に深く刻んで。
「…ねぇ、凛」
「何ですの、ネアさん?」
店先で蘭・蓮と合流し、数歩先を歩いていく仲間たちの背中を見つめながら。
「餞別ってわけじゃないけど…。あんたの好きなカチューシャ、今日ひとつプレゼントするから!」
微かに頬を染め、ぷいっとそっぽを向くネア。
「はいっ!」
溶けそうな笑顔で、凛がネアの腕に飛びついた。
別れの日はもうすぐ。だがそれまでには、更にたくさんの忘れられない思い出が積み重ねられていることだろう。
誰もが生きる、今、この場所こそが。
いつだって、未来という果てなき冒険の世界――〈ワンダリンク〉――へと繋がる、ウサギの穴になり得るのだから。
― 完 ―
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